注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
BSL 感染症内科レポート
「神経梅毒の診断について」
神経梅毒は、Treponema pallidum(T.pallidum)の感染後、中枢神経への移行によって生じる病態である。初感染後、初期から晩期までどの時期においても生じる可能性がある。無症候型、髄膜血管型、実質型に分類され、髄膜血管型のものとしては血管炎による片麻痺・失語など多彩な症状をきたし、実質型のものとしては精神病もしくは認知症に疑似した症状を呈することが有る。神経梅毒の診断において重要なのはHIV感染の有無によって診断方法が異なる点にある。また神経梅毒の有無により治療方法がことなってくる。どのステージの梅毒の治療にもペニシリンが用いられるが、第1期梅毒、第2期梅毒、早期潜伏梅毒ではベンザチンペニシリンの筋注(ただし日本では入手できないため代替薬剤としてアモキシシリン+プロベネシドまたはセフトリアキソンを用いる事が多い)、神経梅毒ではペニシリンGカリウムを静注する。
まずはT.pallidumに感染しているかどうかを調べなければならない。T.pallidumは培養できないため、梅毒血清反応を行う。梅毒血清反応には、非Treponema試験とTreponema試験がある。非Treponema抗体試験には、カルジオリピン-レシチン-コレステロール抗原複合体に対してIgGおよびIgMを測定するRPR(Rapid plasma regain)やVDRL(Veneral disease research laboratory)がある。RPRとVDRLはスクリーニング検査として、また抗体価の定量に用いる事ができ、抗体価は疾患の活動性を反映している。自己免疫疾患などで非特異的に抗体が産生される結果、抗カルジオリピン抗体保有者となり、1~2%で偽陽性となりうる。また、抗体の産生されていない感染初期では偽陰性になりうるので2~3週間後に再度検査を行うか、直接T.pallidumを検出する必要がある。Treponema試験は、T.pallidum抗原、またはその組換え抗原に対する抗体を測定するもので、FTA-ABS(Fluorescent treponemal antibody absorption)、TPPA(Treponema pallidum particle agglutination assay)、EIA(Syphilis enzyme immunoassay)などがある。Treponema試験は過去に治療を行っていたとしても、既往があれば生涯陽性となる。梅毒の診断にはTreponema試験と非Treponema試験の両方を組み合わせて行う。HIV感染患者にもこの2つの試験が用いられるが、血清反応試験だけでは判断できない場合もある。臨床的に梅毒を疑う場合は、生検や暗視野顕微鏡検査など他の方法を検討すべきである。
髄液検査は、血清反応陽性であり、神経症状あるいは眼症状のある患者、治療の失敗が疑われる晩期梅毒患者、未治療の晩期潜伏梅毒もしくは未治療期間をもつ晩期潜伏梅毒HIV感染患者に対してCDCにより推奨されている。神経梅毒を疑う症状がある場合はどれか一つの検査のみで診断をくだすことは難しいため、髄液中の細胞数増加(白血球数5 /mm3以上)・蛋白増加(45 mg/dl以上)、および髄液VDRL結果、神経症状(潜伏期の場合は現れない)により総合的に診断される。髄液VDRLは特異度は高いが、感度の低い検査であり、神経梅毒患者の70%で偽陰性となる。髄液VDRLが陰性になった場合はさらにFTA-ABSを行う。FTA-ABSはVDRLに比べて特異度は低いが感度が高い。梅毒を併発しているHIV感染患者で神経梅毒を疑われる患者ではVDRLが陰性であるが軽度の髄液細胞数増加が見られる時の判断は難しい。なぜなら、HIV感染自体が軽度の髄液細胞数や蛋白の増加の原因となるからである。HIV感染患者に関しては、髄液細胞数の増加をよりカットオフ値の高い20/ mm3以上を基準に用いることで特異度があがるという報告もあるが先に述べたように総合的に判断する必要が有ると考える。
参考
・Up to Date “Neurosyphilis” (last updated: 5 31, 2012)
・Mandell, Douglas, and Bennett’s PRINCIPLES AND PRACTICE OF INFECTIOUS DISEASES 7th edition p3041-p3043
・Centers for Disease Control and Prevention
Sexually Transmitted Diseases Treatment Guidelines 2010 http://www.cdc.gov/std/treatment/2010/STD-Treatment-2010-RR5912.pdf
・Marra CM, Maxwell CL, Smith SL, et al. Cerebrospinal fluid abnormalities in patients with syphilis: association with clinical and laboratory features. The Journal of Infectious Diseases 2004 189 (3): 369-376.
・ハリソン内科学 第3版 p1089-p1096
・青木眞『レジデントのための感染症診療マニュアル 第2版』2008年医学書院p947-p955
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。