春は異動の季節である。新天地への異動、入職、離職が相次ぎ、職場はフレッシュに仕切りなおす。
医療業界は異動が多い職場である。とくに医者は異動が多い。もともと職人集団なので、終身雇用の会社勤めというコンセプトがない。昔は医局制度の派遣制度で異動したのだが、近年はその仕組も緩んできて、自由意志で職場を変えることも多い。もちろん、開業も多い。
真にindispensable な人はいない。「俺がいなくては現場は回らない」と信じている医者は多いが、実際にはその人がいなくても「なんとかなる」ものだ。
昔は、結核や肝炎になって長期離職、という医者はわりといたという。先輩ドクターでも「1年間療養生活をして」なんて思い出話を聞く。
現在と違い、(箔をつけるための?)海外留学数年間もデフォルトだった。
それでも、現場はまわる。あなたがいなくても、現場は大丈夫なのである。あなたもわたしもdispensableなのだ。それなりに。
最近、男性が育児休暇をとる是非について議論があったが、「そんなの取れるわけがない」という意見は未だに多い。
あきらかに、誤謬である。
どの職場でも十全に育児休暇はとれる。制度的にも、実質的にも。だいたい、結核で1年休んだり、留学で2,3年いなくなるのがデフォルトだった医療界で、数ヶ月の育児休暇が取れないわけがない。取れないに決まっているという「思い込み」が、取るべきではないという古い慣習の残滓が、そうさせているにすぎないのだ。
三國連太郎も、サッチャーも、團十郎も、勘三郎も鬼籍に入った。宮尾登美子の「きのね」を読むと、十一代團十郎が早逝した時も、「歌舞伎界の将来は大丈夫か」とスター不在を危惧する懸念は強かったようだ。しかし、時間はたゆまず前進し、時代は動き、歌舞伎界もちゃんと回っている。十二代目や勘三郎を失ってもやはり歌舞伎界は動き続ける。
このような不世出の名人、天才たちがいなくても世の中はちゃんと回るのである。いわんや、平凡な医者の1人や2人、いなくなっても、どうということはない。
なので、例えば大学病院で医者が1人や2人、、、いや5人や6人いなくなっても痛くも痒くもない。「俺がいなくなってさぞかし困っているだろ、イシシシシ」と思い込んでいるのは本人だけで、全然なんとかなるものだ。
が、それはそれとして、社会人としての仁義、職人としての礼儀、医療者としての徳義は尽くすのが、常識だ。
ぼくも異動はわりと多いほうだが、外来患者さんとか職務の引き継ぎは大作業である。とくに、神戸大への異動はドタバタ慌ただしく決まったので、患者さんに説明して振り分けるのは大変だった。ぼくがいなくなっても別に亀田は困らなかったが(当然)、つつがなく申し送りをするのは、それなりに大変だった。後続や新任者が困らないよう、十全たる準備、申し送りをするのは当然のことである。
が、こういう礼儀をわきまえず、突然いなくなってしまう困った医者は時々見る。大学病院の場合、特に問題になるのは教授選だ。なんだかよくわからないけど、教授選に負けた内部の准教授などは、職場を離れることが多い。負けを受け入れる器の大きさがないからだと思う。新任の教授をウェルカムして、右腕として支える、みたいな土方歳三のようなかっこ良さを発揮する医者はほとんど見ない。
ま、辞めるのは悔しさの発露として理解できなくもないが、他のメンバーを引き連れて逃亡してしまうのはひどい。後任への嫌がらせ以外の何物でもないし、周囲への迷惑を顧慮しないのも、医療人としては失格だ(まあ、上述のように実際には大した迷惑ではないが、それでもあれこれ対応は必要だ)。卑怯な振る舞いで、プロの風上にも置けない輩である。
残念ながら、医学部受験者は知識の総量と頭の回転のスピードだけでほとんど評価され、人物の成熟度や社会人としての徳義はほとんど評価の対象にならない。叱られた経験がなかったり、「他者」(自分と世界観が異なる人物)との邂逅がない者も多く、甘やかされたまま、幼稚なまま大きくなった人もいないではない。大学教員の人事ですらこういうところは後回しにされがちで、量的評価の可能な、インパクトファクターのような安易な評価指標に頼りがちだ。だから、こういう大人げない態度を平気で取ってしまう、いとも簡単にえげつない行為をとる、情けない連中が、少なからず存在するのである。
医療業界において、以前はこのような「お家騒動」は珍しくなかった。今も珍しくはない。しかし、21世紀の現在、このような「謀反」は割にあわない。
医療業界は狭い業界である。ソーシャルネットワークの発達で、午後のワイドショー的な「うちわのもめごと」はすぐに外部の知るところとなる。その狭い業界内で、「あいつは自分のことばかり考えて、周りの迷惑を顧慮しないやつだ」というレッテルが貼られる。それは生涯ついて回る汚点となる。20世紀であれば「人の噂も75日」であったが、ネット上では情報は(理論上)未来永劫残存するのである。
自分のことばかり考えていると、いつか自分を滅ぼしてしまう。21世紀の現在、それはかつてないほど、そうなのである。
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