内科ポケットレファランス Sabatine MS ed. 福井次矢 監修
ぼくが学生のころは、ポケットレファランスといえばワシントン・マニュアルのことだった。ネット時代以前にどういうきっかけで知ったのかは思い出せないが、医学生のぼくはワシントン・マニュアルを買ってあれを読破することを自分に課した。冷静になって考えてみると、あのような「備忘録」的な本は学生向きではなく、むしろ現場に出た研修医こそが読むべきものだったのだが、「書物にはそれにふさわしい読者がいる」という事実にすら気がついていなかったぼくは背伸びをしてずいぶん無駄な勉強を重ねていた。
1998年に渡米して内科研修医になった後、ワシントン・マニュアルは仲良き友となった。入院のオーダー書き、ベンゾジアゼピンをリバースする方法、高カルシウム血症の鑑別疾患など、初期研修医が目の前でこなすべき問題の解決法はたいてい「ワシマニュ」に載っていた。当時の内科研修医はワシマニュ派、「スカット・モンキーハンドブック」派、Ferri派(The care of the medical patient)に大きく別れていたと記憶する。これに薬の本やサンフォード・ガイド、TarasconのICUや救急のアンチョコ、打腱器、聴診器、その他の道具類でポケットをパンパンにし、つらい肩こりに耐えるのが研修医の「たしなみ」だったのである。当時、すでにPalm pilot系のPDA(personal digital assistant、まだ電話機能はなし)は存在したが、医療情報のリソースとしては不十分でスケジュール管理に毛が生えた程度の機能しかなかった。
ワシマニュはよかったんだけど、今から思うと字が多くて読みにくいきらいはあるし、あのスパイラルがポケットに引っかかってうっとうしかった(スパイラルでないバージョンもあったと思うが)。
中国での診療所生活を終え、2004年に日本に帰る。亀田総合病院の研修医がかっこいい赤い本をポケットに入れている。なんだろう?これがPocket Medicine(当時第2版)であった。ポケットに簡単に入る。文章が短く、クリスピーで読みやすい。こりゃ、ぶっちゃけワシマニュよりよいぞ、とぼくは思ってすぐ購入したものだ。
現在Pocket Medicineは版を重ね、緑色になっている。本書は優秀なハーヴァード系のレジデントやフェロー(初期・後期研修医)たちがまとめたもので、自分たちのデイリー・プラクティスに合致した実に実際的な内容「だけ」をまとめている。ワシマニュをぎゅっと一回り濃縮させたような印象がある。
この本も日本語版があればなあ、なんて思っていたら、この度、聖路加国際病院の内科レジデントたちが日本語版を作ってくださった。原書の取り柄であるポケットに入る小振りなスタイルを残し、箇条書きとアルゴリズム、図表が多くて実にプラクティカルだ。シニアなドクターたちには小さすぎる(であろう)字も若き研修医たちにはちょうどよかろう。情報の元ネタになる文献もきちんと添付されているので、さらに勉強したい研修医にももってこいだ。
PDA=>スマートフォンの発達で、研修医たちは手元に膨大な情報量を手にすることが可能になった。ぼくのiPhoneには教科書レベルのアプリがたくさん入っているし、ネットにつながっていればとことん情報収集できる。ただ、忙しい診療時に「ちょこっと」開くことのできるこの手の紙媒介の良さは変わらず残る。慣れてくると「どのへんを開けばよいか」分かってくるので、トポロジー的にスマートフォンより速いのである(ページを折ってドッグイヤーを作るとなお速い)。
紙媒介のレファレンス1冊とスマートフォンだけをポケットに入れ、昔よりもずいぶん軽快に病棟を闊歩する研修医たちに、ぜひ本書をお薦めしたい。
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