感染症というのは面白く、医療のあらゆるの領域に関係している。内科、外科、メジャー、マイナー、、、放射線科に病理診断部、検査部、薬剤部、看護部ととにかくいろいろな領域のいろいろな人たちと一緒に仕事をする。学的領域も広く、分子生物学のようなミクロな領域から、疫学、保健学といったマクロな領域、はては哲学、数理科学といった観念の世界も関係する。好き嫌いなく勉強する幅広い好奇心と腰の軽さ(そして低さ)が必要だ。
もちろん、歯科領域にも感染症は関係する。ただ、歯周病そのものをぼくら感染症屋が治療することはないため、まったく不義理・無勉強の状態だった。この度、山本浩正先生が「歯周抗菌療法」(クインテッセンス出版)を上梓された。献本感謝。この機会に勉強することにした。いやはや、知らないことばかりだ。
歯周(ポケット)にバイオフィルムを形成する細菌についてはSocranskyらがグループ分けしており、とくに病原性を強いものをレッド・コンプレックスと名付けている(Prophyromonas gingivalisなど)。アグレゲイティバクター・アクチノミセテムコミタンス(めんどくさいから、以下、A.a.)はこれに属さないが、歯周病の原因として有名である。以前はActinobacillus actinomycetemcomitansと呼ばれていたが、意地悪な微生物屋さんのせいで改称。分かりにくかった名前がますます分かりにくくなった。感染症屋さんの間では、グラム陰性菌なのに心内膜炎の原因となるHACEKグループのAとして知られている。よくみんな、アシネトバクターと間違えちゃうんだよね。口にいる菌だから、心内膜炎の原因になることも得心がいく。あと、マニアックなファンなら三谷幸喜の傑作ドラマ「古畑任三郎」の中で田村正和が連呼していたのをご記憶の方もおいでかもしれない。A. a. 血清型によってa型からe型の5つにさらに分類されるが、とくにa型、b型が病原性が強い。内毒素、白血球毒性のあるロイコトキシン、細胞膨化致死毒素を持っている。
A.a.が心内膜炎を起こした場合は、ペニシリンに感受性が高いことが多いので、これをもって治療する。しかし、抗菌薬だけが病気を治すわけではない。歯周病の場合、歯周のバイオフィルムそのものを物理的に除去するのが肝腎だ。ポケット内のバイオフィルムがついた歯石を取り除く手技をSRP (scaling root planing)と呼ぶ。歯周病に対する抗菌薬治療についてはエビデンスに乏しくよく分からないらしい、ということが本書を読んで分かった。
議論も深いし、文章も面白いし、カラーの絵もきれいで勉強しやすい。本書の冒頭にあるように、ほとんどの歯科医は感染症治療の基礎を学んでいない。だから、無秩序に第三世代のセフェムやマクロライドが乱用されてきた。同様に、ぼくら感染症屋も歯科領域感染症についてまったく無勉強だった(少なくともぼくは)。本書は両者の空白を充填する、貴重な一冊である。特に、感染症屋は第III章の歯周抗菌療法のセクション、必読である、とぼくは思う。
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