タイトルは身もふたもないが、内容はすごい。日本の出版業界がどういう基準で本のタイトルを作っているか(えげつなくて、目立てばよく、中身は関係ない)を考えると、もうタイトルで本を評価するのは止めたほうがよいと思う。
第三者的にマクロ経済学者の議論を聞いていると、その罵倒口調に驚かされる。もちろん、学者はみな自説は正しくて他人は間違っている、と主張したくなるものだが、あそこまで露骨になる領域は珍しい。この特徴は、
1.実験的検証が困難
2.観察的検証に時間がかかる(うん十年単位)
である。
通常、実験的検証が困難でしかも検証に時間がかかる場合、普通の良心的な学者であれば、「口ごもる」。分からないことは沈黙するしかないからだ。しかし、逆に言えば検証困難なために「何でもあり」というところもあり、暴論、奇論の余地を残すことになる。ビジネス書の賞味期限が短いのはそのためであろう。5年、いや1年ともたないものも多い。
医学の世界でも、検証に時間のかかるものの、実験しにくいものの評価は困難だ。典型的なのが放射線の健康被害。スリーマイルやチェルノブイリすら異論噴出でコンセンサスがない。もちろん、人体実験もできない。この時点で、福島の被害はゼロだと断言する人も、大量殺人だと脅迫する人も、どちらも同じ根拠で間違っていると僕は思う。
さて、本書は内田樹さんに教えられて読んだ。タイトルも中身も「断言」口調なのだが、本書は上記の類書とことなる。それは1987年にでた本で、雑誌の連載はもっと前であり、2012年の現在、その記載がほとんど全て正しいことが後ろ向きに検証されている点である。驚きとしか言いようがない。その「射程の長さ」考え方の理路の強固さが、本書の最大の価値である。
本書の経済学的な分析については素人の僕がどうこう言えないのだが、気がついたのは、本書が徹底して「手段と目的の転倒」を指摘していることだ。自由貿易は手段であって目的ではない。内需拡大も同様、貿易黒字の解消(これは最近図らずも達成されたけど)も同様、そして成長戦略も同様だ。87年の時点で緊縮財政をとく下村氏の意見は、2012年の今、我々に強く響くのではないか。
現在、消費税をはじめとする増税が議論になっている。もちろん、ムダを無くし、緊縮財政に転じるのは当然だ。しかし、社会福祉・医療はむしろ増額させたいというのが日本のだいたいのコンセンサスであり、緊縮財政でどこまで財政赤字を減らせるかは疑問である。アメリカではそういうコンセンサスすらなかったし、今もない。増税を回避して内需を拡大すれば税収は上がるという主張があるが、レーガン時代のアメリカは減税したけど財政赤字は増える一方だった。
僕の疑問は、アメリカで起きなかったことが、日本で起きるという主張の根拠がどこにあるのか、である。それに答えられなければ、やはり消費税増反対は単に選挙のため、要するに我が身かわいさから来る主張としか言いようがない。今の生活がバブルの時代みたいでなくても、その痛みは国民生活全体という観点から甘受するしかないという下村の主張は説得力がある。
もひとつ(これは蛇足だけど)。日本の誇った輸出産業はどんどん減っている。円高もこれに追い討ちをかける。外国に行くと本当に日本製品はすくない。村上隆の指摘するように、ジャパンクールも幻想かもしれない。平成22年の日本の輸出総額が67兆ほど。13兆くらいが自動車で、ジャパン・コンテンツで一番売れているゲームでも1兆に満たない。音楽、映画、出版も輸入の方が大きく、貿易収支改善のツールにはなりそうにない。今年赤字に転落した貿易収支が劇的に改善する可能性は小さい。技術革新は世界中で起きており、日本だけが突出して革新する根拠は(僕の目には乏しい)。あと、日本の農業や医療は本当にドメスティックな産業で本質的に輸出に向いていない(ありえなくはないが、総じて国内向けであるのは間違いない)。右肩上がりの昭和の時代に戻らない、という選択肢の方が現実的にみえる理由だ。
http://www.worldcareer.jp/made-in-japan/detail/id=59
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