ある病院の小児科で、予防接種の同時接種を拒絶していた。未承認のIPVはほかのワクチンと同時接種するのはまかりならん、、という話なのである。
もともと日本では予防接種の同時接種は禁忌ではない。「医師が特に必要と認める場合」にはOKである。だから、僕は日本に帰国して以来、いつも「俺が特に認めているんだ」からと同時接種をやって来た。
日本小児科学会はワクチンの同時接種を子どもを病気から守るための必要な医療行為であるという見解を公にしている。
にもかかわらず、同時接種を頑なに拒む小児科医が現場に存在するというのが日本の現実である。それは、何のルールも規制もないのに自己保身を目的として過度の「自主規制」を行う日本のマスメディアと同じ構図に基づく誤謬である。
僕は、科学的見解には絶対性はないという理解を持っている。だから、ワクチンの同時接種が科学的に許容できないという意見の持ち主そのものを否定はしない。それを支持する科学的データはほぼ皆無だが、そういう見解の存在そのものを無下に否定するものではない。
しかし、件の病院では事情が異なっていた。ほかの承認済みワクチンでは同時接種はOKなのである。ただ、未承認ワクチンであるIPVと他の予防接種だけが同時接種不可なのである。国外ではすでにIPVと他のワクチンの同時接種は「常識」であり、これらをあわせたコンビネーションのワクチンが活用されており、かつ来年承認される(といいな)国内のワクチンでは、IPVは他の予防接種とのコンビネーションででてくることが周知であるにもかかわらず、である。
つまり、ここでIPVを同時接種することを認めないのは、(いささか根拠に怪しい)科学的見地に基づくものではなく、シンプルに「自己保身」のみを目的としたものなのである。
自己保身の誤謬は続く。件の小児科医は、IPVを自分で同時接種することは頑なに、頑なに、頑なに拒んだのだが、保護者が自宅で接種する分には問題ないと許容した。
全ての予防接種はリスクフリーではない。必ず副作用のリスクがある。その最大のリスクはアナフィラキシーである。だから、医療機関ではワクチン接種後15−30分の観察期間を置く。ワクチンの無謬性という幻想は信じず、そのリスクも射程において妥当な医療を目指すためである。
そのワクチンを自宅で接種してよいということは、ワクチン最大のリスクであるアナフィラキシーの問題をあえて無視するということである。知らなくてやっているのであれば、小児科医としてはあまりに無知である。知っていてやっているのなら、小児科医としてあまりに悪質である。子どもの生命のリスクよりもてめえの保身をより大事にしている人物に、小児科医である資格はない。
どっち向いてるの?子どもの安全?それともあなたの保身?
ワクチンのリスクはいつでも存在する。それを無視することはできない。しかし、リスクは接種を受ける子どもに対するリスクである。医師に対するリスクではない(直接の)。リスクの妥当な見積もりを否定し、頑なに「他者の視線」のみを基準にして予防接種のありようを決めるとき、そこにはプロフェッショナリズムは存在しない。プロフェッショナリズムとはつまるところ、プロとしての知識と、責任感にある。IPVの予防接種を拒む小児科医は、ワクチンに関する基本的知識を欠いているか、ワクチン接種者としての責任感を欠いているか、あるいはそのどちらも欠いているのである。
岩田先生、ご回答ありがとうございました。先生のご意見は全てにおいてもっともだと理解できます。自らも自主規制して来たのかとも思いますが、それでもIPV接種を一足飛びではないにせよ一歩進めたことが重要とも思いたいところです。個人的には、患者さんが望まれるなら同時接種は可能というスタンスでいますが、そう言った声は耳にしておりません。実は周囲の小児科ではナント全ての同時接種を否定しているところも存在するという状況にあります。情けない限りですが、先生のような高名な方々の声が通る地域を羨ましく思います。
正論を通してゆけるよう、努力してみます。ありがとうございました。
聖隷佐倉市民病院小児科一同
投稿情報: A Facebook User | 2011/06/28 00:11
Facebook user様
ご意見ありがとうございます。コメントをいただいたことには心から感謝申し上げます。そのうえでですが、若干の反論を試みたいと思います。
1.IPVは未承認輸入医薬品です。したがって、その使用はかの地での添付文書にしたがって行うものです。どこの国でもIPVは同時接種を前提として行っており、同時接種そのものを禁止していません。制度的に禁止されていないものを勝手に禁止するのは自主規制に過ぎません。
このような自主規制は放送禁止用語に象徴されるように日本に普遍的な現象ですが、理にかなっていません。これは、患者(ユーザー)が理にかなった医療行為を甘受する権利を阻害することになります。大切なのは、患者に対する十分な情報提供(補償に関するものも含め)と合意ではないでしょうか。一方的に医療者がその権利を阻むのはよくない意味でのパターナリズムではないでしょうか。
もともと、予防接種の世界においてはリスクを完全に回避するのは不可能ですし、無意味です。問題は、患者側がどこまでリスクを甘受することを望むか、理にかなったリスクテイカーになることを医療者が支援するかであると思います。同時接種の利便性と同時接種の副作用の問題はトレードオフの関係にあります。それを勝手に(患者の意に背いて)医療者が規定することは理にかなっていないし、倫理的にも正しいとは思いません。
2.IPVを同時接種することによる副作用の荷重的増加はこれまでの知見からも、理論的な推論からも極めて考えづらく、同時接種という行為「そのもの」に対する倫理的制約はないはずです。あるとすればそれは先生ご指摘の通り、副作用に対するものだけです。
3.さて、副作用の検知において、未承認薬と併用医薬品の使用を全て禁じるのは現実的ではありません。例えば、僕らは未承認薬であるポリミキシンBを輸入使用していますが、かといってポリミキシンを用いるときに他の薬を全て禁じるということはもちろんしていません。他の抗菌薬を併用することもありますし、同時に用いているヘパリン、PPI、昇圧剤などは全て使用します。
「原理的に考えるのならば」万が一薬の副作用が生じたとき、それが未承認薬であるポリミキシンBから生じたものであることを因果関係を持って証明するのは困難です。もしかしたら、他の併用薬のせいかもしれない。かといって、その「証明」のために昇圧剤を切ってしまうことはもちろん、こっけいなことであります。患者の補償問題に対応するために患者を殺すという諧謔になるからです。
そういうわけで、併用医薬品が存在することで未承認薬の副作用補償の問題は起きえますがそれは回避可能な絶対的な問題ではなく、理にかなった検証によって対応可能なのです。
4.同時接種の問題点は未承認薬のみならず、市町村が副作用を担当する定期接種とPMDAが担当する任意接種に付いても同様です。しかし、幸い(かろうじて幸いなことに)日本の予防接種副作用補償は因果関係証明を極端に要請するものではなく、ある程度理にかなっていれば性善説的に補償が提供されています。ないよりも理にかなっている同時接種をそのような制度的な制約が阻害する弊害のほうが大きいです。したがって、僕は定期接種と任意接種であっても患者にその旨説明した上で、行っています。このことは、僕も当初はずいぶん心配しましたが、割と上手く対処できているようです。
5.僕も倫理委員をしていますが、非常に残念なことに、日本の倫理委員は諸外国のIRBで要請されているような、正式なトレーニングを受けていない人も多く、臨床試験の基本的な事項や本質的なトレードオフの性質を理解していない人も多いのは事実です。僕は倫理委員が「くじ引き試験ってなんですか?」のような質問をしているのを聞いて実に情けない思いをしたものです。だから、同時接種に関する困難がレイメンである倫理委員の前で起きることは十分に想像できます。しかし、それはチャレンジできない、最初からギブアップすべき要件でもないと思います。
ましてや今回の事例はそのような倫理委員会の制限とは関係ない中で医師の純粋な「自主規制」によって起きました。患者の希望も無下に断られました。
以上です。いろいろな現実的な制約があることは、帰国して以来ずっと予防接種制度の問題と取っ組み合ってきた僕はよくよく理解するものでありますが、かといって「これこれこういう問題がある」ということが本質的に問題なのか、僕らがそれを理由に「自主規制」してしまう要件なのかはしっかり区別する必要があります。そして、僕は今回の問題を後者だと判断しているのです。
投稿情報: georgebest1969 | 2011/06/27 17:01
初めまして。私は印旛沼のほとりにある病院で小児科医をしており、倫理委員会を経て先月から不活化ポリオワクチン接種を開始しました。通常同時接種を薦めている私もこのIPV接種だけは単独接種をお願いしています。
国が承認していないワクチンを接種するということで、倫理委員会から求められたのはその安全性と副反応発生時の補償でした。先生もご存じの通り、ある輸入会社を通じてこのワクチンを購入した場合、重篤な副反応発生時のみ会社から補償を受けることが可能になります。規定には単独接種のみという文章はありませんが、IPVによると考えられるか否かが問題となりえます。それ故、倫理委員会への説明の際も、接種対象である子供達の親御さんへの説明の際も、国が承認するまでの間はIPV単独接種でお願いしますと話しております。
国が承認している別のワクチンとの同時接種を行った場合、補償がどうなるかという確証が得られないのでは、同時接種こみでIPV接種を倫理委員会に通すことは難しいです。
もちろん世界に於いてIPVを含めて同時接種が問題ないことは存じております。しかしIPVの同時接種はしないというこの状況を自己保身のためと言われるのは心外です。まずはOPVではなくIPVを接種すること、これを推し進める医療機関を増やすことが重要ではないでしょうか。それならば同時接種を含めないとする方が倫理委員会の承認も得やすく、接種できる子供達が増えると思います。
先生のご意見は正しいと思いますが、そうしたくともまだ追いつけないというのが現状ではないでしょうか。
投稿情報: A Facebook User | 2011/06/27 13:26