Jeanさんよりコメントをいただきました。通常、僕は個人的な医療問題についてブログでお話することはありません(うまくいかないことが多いからです)。しかし、このお話は一般的な問題を含んでいるので、あえてここでお話します。
いただいたご質問は、
「子宮頸癌ワクチン摂取を契機にSLEを発症した女の子がいました。まれなケースでしょうけど。アジュバントとかが影響するのでしょうか」
でした。結論から申し上げると、
そのワクチン(アジュバント含む)がSLEの原因ではないと思います。少なくともその可能性は低いです。
では、その理由を説明します。
ワクチンを打った後、いろいろな病気にかかる人がいます。SLEのような自己免疫疾患というグループの病気になる人も知られています。いわゆる子宮頸癌ワクチンを打った後で、スティル病とか、ITPと呼ばれる自己免疫疾患になったという報告も出ています。
ワクチンを打った後病気になったりすることを「有害事象」と呼んでいます。問題は「有害事象」と「副作用」は同じではないということです。有害事象はワクチンを打った「後で」起きた病気(など)、副作用はワクチンを打った「から」起きた病気(など)を意味します。難しい言葉を使うと、前者は前後関係、後者は因果関係を表しています。
前後関係と、因果関係は違うものです。ここは大切な点です。
おもちを焼く。おもちがぷくーっと膨れる。これは因果関係です。おもちを焼いた「から」おもちはふくれたのです。そして、おもちを焼かなければおもちはふくれません。
おもちを焼く。郵便配達さんが年賀状を届けてくれる。これは前後関係です。おもちを焼いた「後で」年賀状が届いたのであって、おもちを焼いた「から」年賀状が届いたのではありません。仮におもちを焼かずにあんパンを食べていても年賀状は届いたのです。
前後関係と因果関係の違い、おわかりいただけたでしょうか。
さて、「子宮頸癌」ワクチンを打ったあとでSLEになった人のことは報告されています。が、おそらくそれはワクチンを打ったあとにSLEを発症した、つまり「前後関係」であり「因果関係」ではなさそうだと考えられています。どうしてそういうことが言えるのかというと、このワクチンを打った後でSLEになった人と、プラセボ(ワクチンに見せかけた偽ワクチン)を打った後でSLEになった人の数を比べてみたら、違いがなかったからです。英語ですけど、そういう論文が出ています。この論文でHPVと書いてあるのが「子宮頸癌ワクチン」のことです。
http://qbit.cc/blog/wp-content/uploads/2009/09/oil-adjuvant-safety-GSK.pdf
因果関係と前後関係はとても間違えやすいのです。僕たちはしばしば起こったことに「因果」を見つけようとします。ワクチンを打った後こんな病気になった、、、、という事例はたくさんありますが、その多くは「前後関係」でした。でも、親御さんにとって(あるいは本人にとって)はとてもショックな出来事なので、「これはワクチンのせい」とどうしても考えたくなってしまうのです。
さて、僕は先に
そのワクチン(アジュバント含む)がSLEの原因ではないと思います。少なくともその可能性は低いです。
と書きました。なんか歯に物のはさまったようなあいまいな言い方ですね。
というのは、副作用って難しいんです。今は分からなかったことが科学が進歩すると分かることがあります。今現在の科学では「子宮頸癌ワクチン」が原因でSLEになったりしないと僕は思いますが、「絶対に」ならないとは限りません。将来科学が進歩したら、そういう発見が起きるかもしれません。だから、僕は「可能性は低い」という腰がひけたような言い方しか出来ないんです。
さて、できるだけ簡単にご説明したつもりでしたが、ずいぶんとくどくどした、うっとうしい、回りくどい説明になりましたね。申し訳ありません。でも、医学について語るとき、僕らはこのような形でしか語ることが出来ないんです。
医学とか教育学とか、こうした複雑な人についての学問は、数学とか物理学みたいにクリアカットでないことが多いのです。分かりづらいのです。説明しづらいのです。どうがんばっても、そうなってしまいます。正しく伝えようとすればするほど、回りくどい言い方になってしまいます。
逆に言うと、新聞とかテレビで流されている医学の情報はとても分かりやすいですよね。「○○を飲むと健康になれる」とか「こうすれば癌にならない」とか、「このワクチンで副作用が多発した」みたいな断言的な口調です。
断言的な口調には要注意です。断言できっこないことを断言しているからです。残念ながら、テレビ番組の医学情報はほとんどでたらめか、おおげさか、まぎらわしい情報で、正確なところが伝わる番組はごくわずかです。医学における新聞記事もほとんどがでたらめか、おおげさか、まぎらわしいです。本屋さんに行って「健康、医療」のコーナーに行くとき、「癌にならないためのなんとか」みたいな本も、ほとんどでたらめか、、、、以下同文です。信じがたい話かもしれませんが、そうなのです。
テレビや新聞の人たちが、自分たちの語り口を変えようと自ら変わろうとしない限り(僕はそれ以外にテレビや新聞が生き残る道はないと思っていますが)、少なくとも医学に関する限り、もしJeanさんが正しい情報を得たいと思うのなら、テレビでみのもんたさんたちがしゃべっていることも、新聞の社説や記事で書かれていることも、いっさい当てにしないほうが、うまくいく可能性は高いです。
いずれにしても、SLEを発症したその方の治療がうまくいくことをお祈り申し上げます。
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