ケニアに来ている。ナイロビのスラムで年に二回行われる無料診療所のお手伝いだ。何でも見る無料の診療所をILFARがひらいていて、そのお手伝いである。お世話になっている稲田先生、宮城島先生、久保先生、大島先生、学生の千葉くん、後藤さん、アメリカから来ている3人のドクター(うちひとりは歯科医)、その他大勢の現地のボランティアのみなさまに感謝である。
この無料診療所は、あくまでもHIV診療への布石である。いきなりHIV診療はどこの国でも難しく、ケニアでも例外ではない。HIV感染者と分かった人の家に放火をして焼き殺し、その遺体を怖がって誰も引き取りに来ないようなエピソードもあるのである。
だから、「何でも見ますよ」の診療をやる。「ついでに」HIV検査をしませんか?と誘いをかける。
本日は400人以上の患者を診て、陽性者は3人判明。検査を受けない人も多いし、ある意味生産性は悪い。それでもスラムの医療アクセスのないなかで1日で3人も感染者を見つけたのは大きい。日本で能動的に感染者を見いだす営為が、これほどの成果を挙げることはまずない。
僕は今日90人以上の患者を診た。小児科医が一人しかいないので、「なんちゃって」小児科医で70人は子供、あとは大人。子供のほとんどは風邪。あとは頭部白癬、ギョウ虫、回虫などなど。人生でこんなにメベンダゾールを処方したのは初めてだ。
大人は慢性疾患が多い。頭痛、腰痛、腹痛など。フォローアップがないのでその場限りの対応しかできない。1週間程度の痛み止め。胃薬。お茶を濁すような医療でしかない。なかには「やばい」頭痛や胃がんもあろうが、そこは知らんぷりである。高血圧やRAを見つけてもなにもできない。なかに結核やマラリア疑いの患者がでたり、フィラリア疑いの患者もいるが、検査もできないので見切り治療か紹介をするか、お金のない人はギブアップする。継続的医療は最初から目指していない。
目指していないので「流しの」医療だ。頭痛の原因は考えない。偏頭痛だろうが、脳腫瘍だろうが、詐病だろうが(薬ほしさに来る人も多く、それを売る人もいる)、関係ない。何しろフォローアップはない医療なのだから、冷静になって考えると、「鑑別診断」なんて意味がないのだ。アメリカの研修医が隣で高血圧患者にアムロジピン1ヶ月分の処方箋を書いていたが、これも意味がない。ほとんどの患者は薬を買う金がないし、たとえあったとしても一ヶ月後にはふりだしである。とにかくたくさん患者を診て、流していくのだ。そして、HIV検査につなげる僥倖をまつ。
このような生産性の低い営為は無駄と考えるべきだろうか。そういう考え方もあろう。だがしかし、こういうやり方のみが、ここでのあり方なのだとも言える。ギブアップか、あがくかという二択問題である。あがくという選択をここではとったのだ。
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