内田樹さんのハードな本。読むのにえらい時間がかかりました。
なぜ、ユダヤ人が迫害されるのか。それには必然的な理由なんてない、という世界観から人々はこの問題を解釈します。迫害されるいわれがないのに迫害される。この物語を受け入れると、いつかは迫害ゼロの時がやってくる。それに否、と突きつけたところがこの本のすごいところだと思います。だれもがさらっと前提にしているところにたいていピットフォールがあるのです。
ファシストとは違う階級が融合して一つになるということではない。そうではなくて、本来混じり合うはずのない階級が出会うことなのである。
ファシストになることによって、貴族はますます貴族的になり、労働者はますます労働者的になるのである。
専門家が自分の熟知している分野のことを語ると、「話のつじつまが合いすぎる」ということが起こる。 輪郭のなめらかな、あまりに整然とした論述は、私たちの記憶にとどまらない。
ユダヤ人がユダヤ人である時、彼はユダヤ人である。ユダヤ人がユダヤ人でなくなろうとするときも彼はユダヤ人である。ユダヤ人はユダヤ人であることによって罰せられ、ユダヤ人でなくなろうとすることによって罰せられる。
誠に深いことばでした。
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