KURIVOWS II (Kobe University RIsk communication
on Influenza Virus Outbreak Work Shop Act. II)、リスクコミュニケーションWSは無事終了しました。参加者の皆様、ご苦労様でした。関係者の皆様、ありがとうございます。
さて、終わったその足で飛行機で東京に向かい、桝添大臣の会議に出てきました。メディアも入っていたので、発言は公のものです。申し上げた内容の「草稿」は以下の通り。実際にはもっとやんわりした内容でしたが、まあこれで呼ばれるのも最後(かもしれない)かと思い、言うべきことは全部申し上げておきました。会場には、「難病のこども支援全国ネットワーク」の小林理事、北大産婦人科の水上教授、小児科学会の横田会長、薬害関連の方からネットワーク「医療と人権」の花井理事がおいでになっており、あとはいつもの畠山先生、森兼先生でした(森澤先生は本日欠席)。ご発言はいずれも興味深いものばかりで、他領域のmultidisciplinary meetingの重要性があらためて認識できました。
桝添大臣からは感染症法、予防接種法の改正を含んだ根本的な感染症行政のみなおし、という力強いお言葉をいただきました。うまくいくといいですが。でも、従来型の空理空論の委員会に比べると、ずいぶん現場の声は届けられたと思います。
今は新幹線で帰途についています。原稿仕事や明日以降のプレゼン準備と平行して内田樹さんの「女は何を欲望するか」(これはタイトルからは想像もできない重厚な名著)と、浜松町で衝動買いしたヘミングウェイの「日はまた昇る」を同時読みしています。ヘミングウェイは久しぶり。翻訳もよいです。
電話がかかってきて、明日はまた別の緊急の会議。その後西宮医師会に新型インフルの講演。平日は講演しないのですが、「あの」伊賀先生のご依頼なので、二つ返事で行くことにしました。医師会とのセッションはできるだけ大事にしたいですし。土曜日は広島(これも溝岡先生のご依頼)、日曜日は化療学会のセミナーで東京です。化療学会の催しで岩田がしゃべるんですから、世の中どんどん動いているんでしょう。
新型インフルエンザワクチンのありかたについて
ワクチンの効果、副作用、もたらすアウトカムについては不明確なことが多いので、この部分で何百万遍議論しても仕方がないでしょう。例えば、厚労省は必要なワクチン数を5300万としていますが、何を根拠に5300万かもよく分かりません。英国では、全国民にワクチンを提供することを目標にしているのです。このような議論がかたまらないまま、どうして必要数が決められるというのでしょう。
小児、妊婦、透析患者、医療従事者、高齢者、だれにプライオリティーを置くかどうかは、不明確な部分が多いです。科学的なデータを欠いている以上、明確な科学的な正解を模索するより、より納得しやすいコンセンサスを得ていく他はないと思います。集団感染を防ぐのか、個々を守るのか、この両者はオーバーラップしますから完全に分断できるものではありません。いずれにしても、副作用やコストのリスクを凌駕するものかどうかは、分からないと言うより他はないのです。
いずれにしても予防接種の対象になった方はリスクを背負うわけですから、これを任意接種にすべきでしょう。ただし、ワクチンは無料にすべきで、そうでなければ接種が普及しません。任意接種が自費、定期接種が無料というのは日本だけのローカルルールです。我々の常識が未来永劫の真理、としばしば厚労省は決めつけたがりますが、もっと自分の常識には疑いを持つべきです。10年くらい前、「日本の医者は足りない」とある厚労官僚に申し上げたのですが、「おまえは非常識だ、医者は余っているに決まっている」と俺だけが真理を分かっていると言わんばかりにあざ笑われたことがあります。その言葉が何をもたらしたかは、皆さんご存じの通りです。ワクチン行政については、まだまだ日本だけでしか通用しない常識が我々を縛っています。その点に自覚的であるべきです。
ワクチンの運用には広報が必要です。厚労省は新型インフル対策に広報のお金を全然使っていません。ワクチンをたくさん買うのも大事ですが、その情報を積極的に提供するのはもっと大事です。どのくらい効き、どのくらい効かないのか、どこが分かっていて何が分かっていないのか、副作用の懸念はどのくらいで、それはどう凌駕されるのか、国民は何も知らないままに誰が接種するかを議論されているのです。我々の多くは何年に地デジになるのか知っていますが、新型インフルワクチンがどのくらい効いて何ほどのものなのか、だれもメディアから情報提供を受けていません。情報提供は自己決定、自己責任の大前提だというのに、です。
ワクチン運用の縛りはまだあります。ひとつは同時接種の問題です。季節性インフルエンザなど他のワクチンとの同時接種ができなければ、医療現場はさらに枯渇し、また接種者は何度も病院に行かねばならない不都合を被らねばなりません。ここを明言する必要があります。
新型インフルエンザワクチンだけを議論して、このワクチンの運用は遂行できません。例えば、肺炎球菌ワクチンをもっと普及しなければなりません。私は新型インフルワクチンについては高齢者はプライオリティー的には低めになると思います。しかし、高齢者は無視してよいわけではありません。国の温かいまなざしで、高齢者に意味のある医療をしっかり提供してあげる、肺炎入院を減らし、新型インフル治療のためのベッドを確保する。こうした、よい意味でのトレードオフを提供すればよいでしょう。先日、結核感染症課の課長が日本の肺炎球菌ワクチンは副作用が多く、と不適切な発言をしたそうです。日本のワクチンは外国のものと変わりなく、また、現場では安全に運用されていますのにです。不勉強なままでこのような適当な発言をされては困ります。
新型インフルエンザの問題は我々にとって厄災ですが、遅れている我が国の感染症事情をつまびらかにする点では意味のあることでした。日本のワクチン行政の質は低いです。でも、今だめなことが愚かなのではありません。今だめなことを認識できず、自己正当化、無謬性の主張に終始してしまう態度こそが、本当に愚かなのです。私は日本の行政がそこまで愚かでないことを信じたいと思います。
2009年8月26日 岩田健太郎 神戸大学
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