昨日は、以下の内容で長野県の伊那でお話でした。紅葉がきれいでした。
慢性期医療における感染症治療
日本の感染症診療。その問題点
日本の場合、初期診断に関連した科のドクターがその後のケアも継続することが多い。精神科病棟では精神科医が高血圧や糖尿病の管理を自ら行うことが多い。脳梗塞、脳出血におけるリハビリテーション病院でも脳外科医や神経内科医がそのまま病棟管理を行うことが多い。感染症診療も、また同様であり、内科系・外科系問わず、臨床医療に従事しているほぼ全ての医師が感染症診療に関与し、抗菌薬を投与する。およそ臨床家で感染症と全く無縁でいることはほとんど不可能である。
しかしながら、彼らのほとんどはきちんとした感染症のトレーニングを受けたことが無く、「見よう見まね」「医局の習慣」「思いつき」「何となく」感染症を診断し、治療しているのが現状である。長い間、学生教育においても卒後研修医教育においても妥当な感染症診療の教育は行われてこなかった。
急性期・慢性期問わず、現在の日本における感染症診療は、端的に言うと「貧弱」である。その根拠は正しい診断の不在、正しい治療の不在、という2点に他ならず、その原因は妥当な教育の不在、という分かりやすい理由で説明できる。
一方、専門家たる感染症のコンサルタントの数は圧倒的に少なく、ほとんどの病院には感染症の専門家を有しない。また、感染症のコンサルテーションを行う習慣もない。慢性期医療においてはなおさらである。日本感染症学会は、全ての病院に感染症のプロが必要、という観点から必要な感染症専門医数を3000−4000と見積もっているが、現存する専門医数は900人弱である。しかも、その大半は感染症の臨床研修を受けずに専門医資格を獲得している。
その慢性期医療においては患者の大多数は高齢者で慢性基礎疾患を一つあるいは複数抱えており、ポテンシャルとしての感染症のリスクは高い。高齢者の感染症は、症状が非特異的で診断が難しい。これが診断の遅れ、治療の遅れ、予後の増悪につながる。
しかし、「診断が難しい」がいつの間にか「診断努力は無意味」という誤謬に換言され、診断努力のないままに抗菌薬が垂れ流されているケースを、散見する。これは急性期、慢性期の区別無く普遍的な現象である。また、日本の医療は伝統的に検査重視で丁寧な問診と診察をないがしろにしてきた部分があり、「慢性期では検査できないから」という時点で診断可能性を否定してしまうケースもある。
従って、基本的な感染症診療の原理・原則、診断と治療といった基本メソッドをまず学び、与えられたセッティングに応用することが大切になるだろう。
格に入りて格を出でざる時は狭く格に入らざる時は邪路に走る
格に入り、格を出でて初めて自在を得べし
芭蕉
感染症の診断
慢性期医療のポピュレーション、特に高齢者が多いポピュレーションでもっともコモンな感染症は尿路感染である。一方、もっとも予後が悪いのは肺炎であろう。また、褥瘡感染は起きやすく、しばしば見逃されている。ーー>「原因の分からない熱です」「ひっくり返したら診断つきました」のエピソードはまれではない。コモンなものはコモンなので、こちらからアプローチする。
感染症治療の原則は、感染症診断である。診断をないがしろにして正しい治療はあり得ない。 例えば、熱発患者の場合、きちんと診察することは大事である。長期療養施設の患者が施設内で発熱した場合、その原因として考えられる可能性(鑑別疾患)は実は10ちょっとしかない。その多くは感染症であるが、感染症でない原因でも患者は発熱する。感染症の場合、多くは尿路感染か肺炎であり、時に褥瘡感染、カテーテル感染、副鼻腔炎、前立腺炎などが起きる。偽痛風発作、薬剤熱などもコモンな熱の原因である。これらはたいてい、丁寧な診察とちょっとした検査で診断が付くことが多く(つかないこともあるけれども)、血液検査は必要としないことすら多い。
感染症の診断は、まず感染臓器を確定することから始まる。「炎症の有無」から始めることではない。「炎症」の存在をCRPや白血球数で確認しても、正しい抗菌薬は選択できない。一部の教科書では今でも「発熱患者のアプローチ」で、まずCBC,CRPを、と書いてあるが、明らかな誤謬である。
White blood cell count is often ordered inappropriately and has almost no value as a screening test.....
Wallach J. Interepretation of Diagnostic Tests. 8th ed.
慢性期のセッティングでまず考えるべきは、肺炎、尿路感染、褥瘡感染、必要ならライン感染である。そこに焦点を絞って診察を行い、簡単な検査をする。血液検査はしているのに尿検がされていないケースは、意外なほど多い。
高齢者の感染症はしばしば「意識障害」で発症する。発熱は無いこともしばしば。低体温にも要注意。急性発症で意識障害がある場合、血圧が高ければ頭蓋内疾患を考える。血圧が低めなら感染症をまず考え、頭部CTの前に血液培養など感染症の検査を考える。
尿路感染
慢性期のセッティングでは必ず鑑別に入れる。頻度は高い。
CVAノックペインは出ないことも多い。「CVA陰性なので尿路感染は否定的です」というコメントを何度も聞くが、「感度の低い検査(診察)で診断は除外できない」という大原則を無視している。
尿路感染の診断は、尿のテステープと培養があればOKで、採血は必ずしも必要ない。
尿培養は、de-escalationに有用だし、施設のアンチバイオグラムを作る上でも重要。
基本的に予防的抗菌薬は意味がない。無症候性細菌尿は治療しない。症状がない患者の尿検査や尿培養をやってはいけない。
尿カテーテルは可能な限り早期に抜去する。漠然とデバイスを留置・放置してはいけない。
尿から生えた黄色ブドウ球菌やカンジダは原則治療の対象にはならない。そこに菌がいることと、治療の対象かどうかは、別問題である。
肺炎
慢性期医療の患者は、一般に誤嚥のリスクが高い。
ただし、誤嚥のリスクが高い、という理由で予防的抗菌薬を使用してはならない。予防的抗菌薬はむしろ肺炎のリスクを高めてしまう。
一過性の酸素飽和度の低下、一過性の微熱、一過性のCRP上昇を抗菌薬で治療してはいけない。
化学性肺臓炎は抗菌薬不要。かならず区別すること。明らかな誤嚥のエピソードがあり、全身状態がよければ24時間経過観察で抗菌薬は不要。全身状態が悪ければ広域抗菌薬で治療。入院患者の口腔内は院内感染の原因菌。誤嚥性肺炎=ダラシン、という固定観念で治療すると失敗する。
レントゲンとCRPで診断してはいけない。必ず病歴が重要
実は、肺炎球菌が原因としては最多。必ず培養は出そう。
グラム染色はお奨め。低コストで迅速。慢性期医療のセッティングにぴったり。3%食塩水で、うがいした後に吸入すれば痰はとれることが多い。
治療効果の判定にレントゲンやCRPを使用してはならない。あくまでもベッドサイドで判断し、治療期間は一定の期間最大量用いるのが基本である。
褥瘡
褥瘡があるだけで患者の死亡率が上がる。
問題は、褥瘡は骨に近いところで発生することが多く、骨髄炎を合併していることがある。骨髄炎を合併していると治療はきわめて困難。
菌血症を合併すると死亡率は50% で、褥瘡感染は恐ろしい。
診断は局所の炎症所見。発赤、膿の存在、疼痛、熱感などで判断する。慣れれば褥瘡感染の診断は容易である。何よりも褥瘡感染の可能性を考えることが大事である。「大穴」があくまで放置されている残念なケースがある。
治療のポイントは抗菌薬とデブリを。仙骨部の褥瘡感染は黄色ブドウ球菌、腸内細菌、嫌気性菌をカバーするのが基本。ユナシン・オーグメンチンあたりが選択されることが多い。シプロ・フラジールも慢性期のセッティングでは有効。
皮膚や褥瘡そのものの培養は意味がない。膿は綿棒ではなく、直接注射シリンジで採取するか、嫌気ポーターを使って提出する。
やはり予防が最大の武器。丁寧な観察、栄養状態の最適化が鍵。
結核
微熱、咳、数週間続く、がキーワード。体重減少はほぼ必発
結核の分類は簡単。移る結核か、移らない結核か。学会分類はあまり意味がない。
ニューキノロンが命取りに!熱、咳で漠然と抗菌薬を使用すると、痛い目に遭う。
過去の結核は、現在の結核を否定しない。「陳旧性結核があります」とレントゲンを見て、そこで現在の結核を否定してしまう誤謬は珍しくない。むしろ、過去の既往歴はリスクを高くする。
臨床的に活動性結核を疑った場合、ツベルクリン反応やQFTの有用性は限定されている。患者に対してよりも医療スタッフに用いる方が合理的かもしれない。
高齢者でも、ツ反陽性者にINHを飲ませる価値はある。飲むなら、9ヶ月。感染症法で報告すれば公費で使える。ツ反は2ステップで。
疥癬
ヒゼンダニの感染である。高齢者、慢性期医療のセッティングで皮疹があれば、まず疥癬がないかどうか確認することが大事である。しばしば見逃されており、施設内アウトブレイクを起こしている。
疥癬トンネル、紅斑、丘疹、全身の掻痒感が特徴。夜間にきつい!
crusted scabies(ノルウェー疥癬)は免疫抑制者に。乾癬のような皮膚炎を起こす。
通常の疥癬であればダニの量は10−15。ノルウェー疥癬では100万以上と、圧倒的に違う!
日本で疥癬の治療を行うのは大変である。適切な治療薬がなかなか手に入らないからである。
リンデン、ペルメトリンクリームが治療の基本だが、前者は医療機関で自作しなければならない。ペルメトリンは世界中で使われる塗布剤で副作用も少ないが、日本では入手できない。
イベルメクチン内服も。こちらは効果が高いが、皮疹や消化器症状などの副作用が問題。
ムトウハップ(硫黄製剤)はだめです!
治療後24時間は感染性が残っている。
治療後2−4週間で再検査した方がよい、という専門家も。
偽膜性腸炎
慢性期医療において、患者はしばしば下痢をする。その中で、もっともコモンなものの一つが偽膜性腸炎だ。
原因は嫌気性菌であるClostridium difficileである。difficileとはフランス語でdifficult。培養の難しい菌である。従って、診断は便培養ではなく、CDトキシン検査で行う。
relapse, recrudescence が多い。
抗菌薬が入っているとき、終了直後の下痢熱ではこれを考える。ただし、抗菌薬曝露が無くても発症することがある。
治療の第一選択薬はメトロニダゾールであり、高額で耐性菌が問題になるバンコマイシンは第二選択薬。
一番大切なのは、抗菌薬をストップすること。必要ない抗菌薬を使用しないこと。
再発時の抗菌薬は同じメトロニダゾール。
倫理的事項も
感染症=抗菌薬という単純図式は本当か。
例。末期の膵癌、胆管癌の胆管炎
熱を下げた後、患者に何が提供されているのか、今一度考えてみる必要がある。
トワイクロス先生のがん患者の症状マネジメント(医学書院)では、終末期医療(ここではターミナルな癌)においては抗菌薬は用いない方がよい、とコメントしている。
終末期医療において、患者は最後は肺炎で亡くなることが多い。低酸素血症は苦しく、CO2ナルコーシスは苦しくないという。十分な酸素とモルヒネは有効。
文献
Mathei C et al. Infections in residents of nursing homes. Infect Dis Clin N Am 2007;21:761-772
Smith PW and Rusnak PG. Special Communication. Infection prevention and control in the long-term-care facility. Am J Infect Control 1997;25:488-512
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