シリーズ 外科医のための感染症 25. 耳鼻咽喉科篇 耳鼻科術後の感染症診療
感染症屋にとって、鬼門の外科領域は心臓血管外科と整形外科といわれます。どちらも清潔手術の要求度が高く、そのきれいな術対象臓器に感染症が起きるととても治療は難しくなります。
それは事実ですが、別の観点からいうと、両者の感染頻度はあまり高くありません。だからこそ、「感染は絶対に起こすもんか」という主治医の熱意が伝わってくるのですが。
岩田にとって、外科領域の「真の鬼門」は食道外科と耳鼻咽喉科にあります。そう、喉の手術をする場合です。嚥下機能が喪失する手術がなされる場合です。いうまでもなく、誤嚥性肺炎のリスクが高まるからです。
そもそも、術後の肺炎を予防するのは困難です。SSIには確固たる術中抗菌薬という予防法があります。尿路感染やカテ感染は、カテを抜去すれば防げます。カテ感染についてはほとんどゼロにする方法(ケアバンドル)すら開発されています。しかし、肺炎の予防方法はほとんどなく、あってもぱっとしないものばかりです。口腔ケア、H2ブロッカーやPPIの回避、ときにACE阻害薬の使用などが肺炎を減らす、、というデータがありますが、その実質的な減らしっぷり(absolute risk reduction, ARR)は大したことはありません。
口腔咽頭癌術後の患者さんは、一般人よりも8倍肺炎に罹患しやすく、その死亡率も4割程度高いといわれています(Yu G, et al. Non–cancer-related deaths from suicide, cardiovascular disease, and pneumonia in patients with oral cavity and oropharyngeal squamous carcinoma. Arch Otolaryngol Head Neck Surg. 2012 Spring;138(1):25–32)。これは(おそらくは喫煙による)心血管系疾患の死亡率増加とほぼ同じです。もっとも、アメリカのデータで一番問題視されているのは自殺だそうで、これは400%増しなのだとか。自殺の多い日本でも要注意ですね。
いずれにしても、嚥下機能が低下した「喉の手術」の患者は肺炎のリスクが高く、また死亡率も高いのです。そして、そのリスクは長く残りますから、再発のリスクも高い。再発、再治療のリスクが高いってことは、耐性菌出現のリスクも高いってことです。感染症屋としてはまことに困ることです。
ただし、ここでも「思考停止」は禁物です。耳鼻科の患者は肺炎に弱いですが、それでもいろいろできることはあるのです。
まずは、不要な胃薬の廃止。とにかく「人を見ればPPI」と、やたらにプロトンポンプ阻害薬が処方されているケースが多いです。PPIはcollagenous colitis, 肝機能異常、血球減少など副作用も皆無ではありません。肺炎のリスクを減らすためにも、健全な胃酸を保っておくことは重要です。日本人は胃酸を悪者扱いし過ぎです。
あと、適切な呼吸器検体。耳鼻科の患者さんは誤嚥しやすいですが、逆に下気道にアクセスがよいのも特徴です。吸引痰などで適切な呼吸器検体を採取した後(もちろん、血液培養2セットも)、エンピリックに肺炎の治療、後にde-escalationという戦略はとりやすいのです。
耳鼻科の先生は抗菌薬をよくお使いになりますが、その習慣が逆に仇になって、抗菌薬の薬理学的情報に無頓着な傾向がややあります。投与量、投与間隔、投与期間など、総論でご説明した通り、きっちり基本通りにやるのが肝心です。
まとめ
・耳鼻科術後は感染症屋には鬼門。肺炎のリスクがとても高い。
・だからこそ、予防と治療に全力を。余分なPPIを避け、適切な培養検体を用いるべし。
・抗菌薬は基本を守って適切な投与を。
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