シリーズ 外科医のための感染症 20. 泌尿器科篇 男性性感染症
泌尿器科の先生は性感染症に強い先生が多いです。なので、ここで包括的、網羅的に性感染症を解説する、なんて無意味(無謀)なことはいたしません。というわけで、いくつかのピットフォールのみ列記します。
まずはHIV検査です。
性感染症を一つ見つけたら、他の性感染症を全部ワークアップするのが基本です。しかし、しばしば1つ、あるいは数個の性感染症のみを治療して、他のものはほったらかし、という事例は残念ながら散見します。
もっとも、これは泌尿器科特有の問題ではありません。例えば、消化器内科の先生は肝炎ウイルスの検査はしっかりされていますが、HBVやHCVを持っている患者のHIV検査や梅毒検査はお留守になっていることがあります。このへんは、「自分の専門領域の疾患しか勉強しない」という日本医学・医療のタコツボ体制の弊害と言えると思います。逆に、生殖器に病変を来さない(ことが多い)HIV, HBV, HCV, そして時に梅毒(2期以降)が性感染症という認識を持たれないまま、見逃されていることも、残念ながら散見されるのです。
HIV検査は性感染症の患者すべてに適応があります。しかし、これが忘れられていることは多いのです。また、「忘れちゃいないよ。でも、保険で切られちゃうんだよね」というコメントもときどき聞きます。
しかし、数年前の診療報酬改定で、「HIV感染に関連しやすい性感染症が認められる場合、既往がある場合、または疑われる場合でHIV感染症を疑う場合」はHIVの検査は保険請求可能です。万が一切られた場合は、その旨異議申し立てをするのがよいと思います。詳しくは感染症医の青木眞先生のブログをご参照ください(http://blog.goo.ne.jp/idconsult/e/cb4cbb288f6d7f5c01366d9ae73414e6)。
あとは、STD後のパートナーの治療、それからメンタルケアも大事になります。パートナーである配偶者や恋人に性感染症の事実を伝え、検査や治療をしてもらうのはとても難しいことです。これはサイエンスというより「アート」の部類に属するもので、この点、ぼくなんかよりもずっと経験値の高い先生がたもおいでのことと思います。
ぼく自身、STDを見ていてパートナーの検査に持っていく「これだ」という方法はなく、個々の患者さんごとにケース・バイ・ケースで取り組んでいるのが実情です。人々の健康と患者のプライバシーというどちらも大切な価値を両方保ちながらこれを行うのはとても困難ですね。
最後に、これは割とよく見る性感染症ノイローゼです。STDを一回やった後、ということもありますし、STDなんて一度も体験したことがない、という場合もあります。
男性の場合は、性体験に慣れておらず、たった一度の風俗での体験の後、体調不良、STDへの恐怖、ネットであれやこれや調べて心配で心配で、、、保健所で何度も何度もHIV検査をするんだけどどうしてもSTDの疑いが拭えない、、、、というやつです。あちこちに痛みなどの身体症状を訴えるsomatization disorder,,,,身体化障害を併発していることも多いです。
ぼくが調べたかぎりでは、性感染症に対する恐怖で身体化障害、、という具体的な疾患名は精神科の教科書にも心療内科の教科書にも見当たりません。しかし、ぼくの外来ではよく見ますし、そういう方はたいていあちこちの外来(泌尿器科含む)をすでに受診なさっています。
このような「感染症に見えてそうでない」患者も外来にやってきます。「検査陰性、だけど抗菌薬」というプラクティスでよしとするのではなく、病歴をよく聞いて(病歴聞けばすぐにそれと分かります)、「抗菌薬で治る病気ではない」ことをお伝えすることが大事です。もちろん、心療内科的な診療が苦手、という先生は我々感染症屋に相談していただいてもまったくかまいません。
Mycoplasma genitalium
比較的新しい概念、M. genitaliumについてちょっと。
マイコプラズマといえば肺炎の原因(M. pneumoniae)ですが、こちらはSTDの原因としてのM. genitaliumです。やはり細胞内寄生をする特殊な細菌で、細胞壁を持たず、グラム染色で染まらず、βラクタムが効かない、という共通の属性を持っています。
Vero細胞の中で培養しても培養にはとても時間がかかり、基本的にはPCRのような遺伝子検査で診断します。
世界的には、頻度としては淋菌以上、クラミジア以下くらいの頻度とされています。男性非淋菌性尿道炎の15%くらいを占めているのではないかとも言われます。他にも精巣上体炎や直腸炎、女性の骨盤内炎症疾患(PID)の原因にもなるのでは、と考えられています。M. genitalium感染はHIV感染と強くリンクしています。まあ、HIV感染はたいていのSTDと強くリンクしているんですが。
治療薬としてはアジスロマイシン1gのシングルドース、日本では2gのSR剤でしょうか。それかドキシサイクリンを7日間内服します。アジスロマイシンがファーストチョイスですが、耐性菌もすでに出現しています。
比較的古いニューキノロン(?)であるオフロキサシンやレボフロキサシンはM. genitaliumには効果が期待できず、モキシフロキサシン(アベロックス)やシタフロキサシン(グレースビット)が選択肢となります。
モキシフロキサシンとオフロキサシン+メトロニダゾールの併用をPIDに対して比較し、引き分けというなんかすごい臨床試験もあります(Ross JD et al. Moxifloxacin versus ofloxacin plus metronidazole in uncomplicated pelvic inflammatory disease: results of a multi-centre, double blind, randomized trial. Sex Transm Infect 2006;82:446-451)。
まとめ
・一つSTDを見つけたら、他のSTDもワークアップ
・生殖器に病変を来すSTDと全身性(無症状含む)のSTDがある。両方ワークアップが大事。
・性感染症ノイローゼもきちんとケアを
・M. genitaliumなど(比較的)新しい病原体も。
文献
Manhart LE. Mycoplasma genitalium. An emergent sexually transmitted disease? Infect Dis Clin N Am. 2013;27:779-792.
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