注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
肺炎は診断から何時間以内に治療を開始すべきか?
1)肺炎は、すべての症例で抗菌薬治療をできるだけ迅速に開始すべきであるとされている。
では、できるだけ迅速とあるが、肺炎は診断から何時間以内に治療を開始すべきであろうか。つまり、診断から何時間を境として、患者の予後に影響が出るのであろうか。
2)Houckらは、1998年7月から1999年5月までの間に市中肺炎で入院した、ランダムに選ばれた65歳以上の18209人の診療記録を用いて、診断から肺炎治療の開始までの時間が、死亡率、入院期間へ影響を与えるか検証するために後ろ向き研究を行った。その結果、入院前に抗菌薬治療を受けていない13771人の患者では、粗死亡率は4時間を境に最も有意な差が生じた(11.6% vs. 12.7% ; AOR=0.85[95%CI:0.76-0.95];p<0.005)。さらに、4時間以内の抗菌薬投与によって、入院中の死亡率(6.8% vs. 7.4% ; AOR=0.85[95%CI:0.74-0.98];p<0.03)、抗菌薬投与後30日間の死亡率(11.6% vs.12.7% ; AOR=0.85[95%CI:0.76-0.95];p<0.005)、入院日数が5日間(中間値)を超える率 (42.1% vs. 45.1% ; AOR=0.90[95%CI:0.83-0.96];p<0.003)が有意に減少し、入院期間が有意に短縮した(6.1 vs. 6.5 days ; p<0.001)と報告している。入院前に外来で抗菌薬治療を受けた患者4438人においても、診断から4時間以内の抗菌薬投与によって、入院日数が5日間(中間値)を超える率が有意に減少した(AOR,0.84; 95%CI, 0.74-0.95; p=0.005)。以上のことから、市中肺炎に対しては診断から4時間以内に抗菌薬の投与を行うべきということになる。しかし、この研究のlimitationとして、入院前に抗菌薬治療を受けていない患者に対して診断から2時間以内に抗菌薬の投与を行った場合、むしろ死亡率が上昇するという結果が出ている(≦1h vs. >1h = 12.9% vs. 12.0% ; AOR=0.99 ; p=0.91、≦2h vs. >2h = 12.5% vs. 11.9% ; AOR=0.94 ; p=0.32)ことが挙げられる。これはハリソン内科学第5版の「できるだけ迅速に開始すべき」という記載と矛盾しており、Houckらも説明ができないと述べている。私もこの現象に対して疑問を持ち論文を探してみたが、このことを否定しうる報告を見つけることはできなかった。しかし、3)Rosensteinらの報告によると、15施設367人の市中肺炎が原因で入院した患者を対象に検証を行ったところ、救急部における2時間以内の抗菌薬投与はそれより遅くなった場合よりも平均0.8日、LOS(length of hospital stay )が短くなった(R2=0.74, F value=67.6,p<0.01)と報告している。また、4)Battlemanらは、抗菌薬投与のタイミングが遅くなるほど、LOSが延長することを報告している(OR=1.75 per 8 hours ; 95%CI=1.34-2.29 ; p<0.001)。私はこれらの報告から、2時間以内の抗菌薬投与により死亡率が上昇したのは、偶然、または、短時間での肺炎への対応の中で、他疾患を見逃していたという可能性があるのではないかと考えている。ただ、このことに関しては検証がなされていないため、診断から2時間以内の抗菌薬投与が肺炎患者に与える影響は不明である。
では、人工呼吸器関連肺炎(VAP)の場合はどうであろうか。Ireguiらは2000年2月から2001年2月にかけて、人工呼吸器を装着し、かつVAPに対する抗菌薬治療を受けている107人の患者を対象に、適切な抗菌薬治療の遅れがVAP患者の予後にどう影響するか、前向き研究を行っている。VAPの診断から24時間以上遅れて抗菌薬投与を行った患者33人(30.8%)をIDAAT(initially delayed appropriate antibiotic treatment)群とした。非IDAAT群が診断から抗菌薬投与までにかかった時間が12.5±4.2時間であったのに対して、IDAAT群は28.6±5.8時間であり(p<0.001)、IDAAT群は非IDAAT群と比較して有意に院内死亡率が高い(69.7% vs. 28.4% ; p<0.01)という結果が報告されている。Ireguiらの報告では、私が掲げた疑問に対する答えは明示されていないが、VAPに関しては抗菌薬投与が遅れると死亡率を上昇させることを示唆しており、少なくとも24時間以内には抗菌薬投与をするべきであるということがわかった。
しかし、院内肺炎(HAP)と施設入所者肺炎(HCAP)に対して何時間以内に治療を開始すべきか言及している論文や書籍を見つけることができなかった。よって、本レポートでは、非常に限定的な見解ではあるが、「65歳以上の市中肺炎に対しては診断から2~4時間以内に、VAPに対しては少なくとも24時間以内に、抗菌薬投与を行うべきである」と結論付けざるを得ない。
【参考文献】
1)福井次矢,黒川清;ハリソン内科学 第5版 メディカル・サイエンス・インターナショナル
2) Houck PM, Bratzler DW, Nsa W, Ma A, Bartlett JG. Timing of antibiotic administration and outcomes for Medicare patients hospitalized with pneumonia, Arch Intern Med , 2004, vol. 164 (pg. 637-44)
3) Rosenstein AH, Hanel JB, Martin C. Timing is everything: impact of emergency department care on hospital length of stay. J Clin Outcomes Manage. 2000;7:31-36.
4) Battleman DS, Calahan M, Thaler HT. Rapid antibiotic delivery and appropriate antibiotic selection reduce length of hospital stay with community-acquired pneumonia:link between quality of care and resource utilization. Arch Intern Med. 2002;162:682-688.
5) Iregui M, Ward S, Sherman G, Fraser VJ,Kollef MH. Clinical importance of delays in the initiation of appropriate antibiotic treatment for ventilator-associated pneumonia. Chest 2002; 122: 262–68.
寸評:これもとてもクラシックな問いですが、よくデータを吟味したと思います。
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