注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
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感染症内科 レポート
皮膚軟部組織病変の有無でMycobacterium mageritenseによるカテーテル関連血流感染症における治療期間はどう変わるか?
今回実習でM. mageritenseのポート感染によるカテーテル関連血流感染症と皮膚病変の症例を担当した。原疾患である乳癌の化学療法の治験参加のため抗菌薬を投与できる期間が5週間と限られており、治療期間をなるべく短縮するため皮膚病変の切除が必要かどうかの検討がなされていた。カテーテル関連血流感染症のみの場合と、そこに皮膚軟部組織病変を伴うことで治療に要する期間が変わるかどうか疑問に思い、調べてみた。
まず初めに、M.mageritenseの症例報告は少なく、カテーテル関連血流感染症のみの症例に限っては3例しか見つけることができなかった(1)(2)(3)。唯一治療法と治療期間の両方を明記していた1例では、ST合剤単独療法で2週間の治療により寛解を認めた(1)。また、皮膚病変を伴う症例や治療報告も数例しかなかった(2)(4)(5)(6)。皮膚病変を伴う場合は、外科的治療介入はせず2~3ヶ月の抗菌薬投与により寛解した例(4)や、2ヶ月で抗菌薬投与を終了し、その後は創部洗浄にて予後が改善した例(5)が報告されていた。症例報告数が少ないためM.mageritenseのみの治療経過に関しては全て参考程度にしかならないと判断し、迅速発育菌(Rapidly Growing Mycobactetria:RGM)の治療期間を調べることにした。
一般的に、RGMのカテーテル感染に対し通常必要とされる治療期間は少なくとも6~12週間であると述べられているが(7)(8)、これはRaad(9)とBurns(10)らの症例報告に基づいたものと考えられる。この2例の症例報告より、カテーテルを速やかに抜去した上で、6~12週間の抗菌薬投与が良好という結論を出したと考えられる。
これに対し、皮膚病変を伴った場合の治療期間について検討していく。こちらも、RGMにおける皮膚軟部組織病変は治療に通常4〜6ヶ月かかると明記されている(7)(8)(11)が、その結論に至った具体的な論文の明記はされていない。従って、なぜ治療期間をこの期間に設定したのか検討していく。
Wallaceは、迅速発育菌Mycobacterium chelonaeによる皮膚疾患を有する免疫抑制剤投与中の患者14名に対しクラリスロマイシン(CAM)の単独療法を6カ月間行ったところ、11名が平均7.1ヶ月(範囲は4.5〜9ヶ月)で治療を終了し、2名が別の原因で死亡し1名が治療終了後にCAM耐性菌により再発したと報告した(12)。この研究はもともとCAMの単剤療法の安全性と有効性を示す他施設共同臨床試験であり、介入として6ヶ月間の経口投与を行うというものであった。この6ヶ月間の投与で良好な治療成績が出たことから、文献7ではこの6ヶ月という期間を目安にしたと考えられる。
また、KevinらがMycobacterium fortuitumによる皮膚病変を有する患者61名に対してどのような治療介入が成されたか後ろ向きに検討したところ、48名の患者に抗菌薬の投与が行われ、治療期間は平均して4ヶ月であった(13)。しかし、この文献においては治療法が医師の経験に委ねられており、単剤治療や二剤併用療法など、全く統一されていなかった。統計学的分析においても、経験豊富な医師に早期から治療を受けた方がより早く症状の改善が見られたとされており、この4ヶ月という数値が参考になるのかどうか不明である。
皮膚軟部組織病変を伴った場合の治療期間について、明確な根拠はなく、症例報告をまとめると、皮膚軟部組織病変を伴わない場合と比べ治療期間が延長する可能性が高いと考えられる。現在RGMによる皮膚軟部組織病変に対して、投与期間を調査した上記以外の複数名を対象とした症例報告例は存在せず、文献7に記載されているカテーテル感染、皮膚軟部組織病変の治療期間をそれぞれ6〜12週間、4〜6ヶ月とした基準は上記の症例報告をなぞったものと結論づける。近年の報告として、Mycobacterium mucogenicumのカテーテル感染によるカテーテル関連血流感染症に対し、カテーテルを抜去し抗菌薬を投与したところ治療の中央値が42日であったという報告(14)や、M.chelonaeによる皮膚病変に対して3ヶ月の抗菌薬投与で症状が改善し、現在まで再発なく経過している例(15)、イブルチニブを投与中の慢性リンパ性白血病患者に対して4ヶ月の抗菌薬投与で症状を改善させ、再発なく経過している例(16)などが見つかった。これらの症例報告を踏まえると、皮膚軟部組織病変の改善が見られた場合、治療期間は4〜6ヶ月という期間にこだわらず短くしても良いのかもしれない。
全体を通じ、症例数が少なく教科書でさえもRGMによる疾患に関しては症例報告を基にした基準しか存在しないことから、教科書の記載内容が全て正しいと思い込み鵜呑みにしてはならないと改めて思った。
参考文献
1) Sadia Ali et al. Catheter-Related Bloodstream Infection Caused by Mycobacterium mageritenseJ Clin Microbiol. 2007 Jan; 45(1): 273.
2)Wallace RJ Jr et al.Clinical and laboratory features of Mycobacterium mageritence. J.Clin Microbiol.2002 Aug;40(8):2930-5
3)山岸由佳(2015)「Mycobacterium mageritenseカテーテル関連血流感染症の小児例」,『結核』2015年2月15日,p.257,
4) Amy K.Gira et al.Furunculosis Due to Mycobacterium mageritense Associated with Footbaths at a Nail Salon.J Clin Microbiol.2004.Apr;2(4):1813-1817
5)米谷正太(2013)「Mycobacterium mageritenseによる胃がん術後創部感染の一例」,『日本臨床微生物学雑誌』2013年23巻2号,p112-116
6)丸山涼子(2015)「Mycobacterium mageritenseによる皮膚感染症の一例」,臨床皮膚科 2015年9月,69巻10号
7)Mandell,Douglas and Bennett’s Principles and Practice of Infections Disease Eighth Edition 2844-2852
8)Barbara A.Brown-Elliott et al.Antimicrobial susceptibility testing,drug resistance mechanisms,and therapy of infections with nontuberculous mycobacteria.Clin Microbiol.Rev.2012 July 25(3):545-82
9) II Raad et al.Catheter-related infections caused by the Mycobacterium fortuitum complex: 15 cases and review. Rev Infect Dis. 1991 Nov-Dec;13(6):1120-5.
10)Burns JL et al. Unusual presentations of nontuberculous mycobacterial infections in children. Pediatr Infect Dis J. 1997 Aug;16(8):802-6.
11) Sami M et al. Mycobacterium Chelonae.StatPearls Publishing.2018 Jan.
12)Wallace RJ Jr et al.Clinical trial of clarithromycin for cutaneous (disseminated) infection due to Mycobacterium chelonae.Ann Intern Med. 1993 Sep 15;119(6):482-6
13)Kevin.L et al.The Clinical Management and Outcome of Nail Salon―Acquired Mycobacterium fortuitum Skin Infection.Clinical Infectious Diseases, Volume 38, Issue 1, 1 January 2004, 38–44,
14)M.Z. Abidi et al. Mycobacterium mucogenicum bacteremia in immune-compromised patients, 2008–2013. Diagnostic Microbiology and Infectious Disease.2016 June;85(2) 182-185
15)Jhansi Vani Devana et al. Pacemaker site infection caused by Rapidly Growing Nontuberculous Mycobacteria (RGM).Biomedical and Biotechnology research Journal.2018 2(1) 82-85
16)Khaid M Dousa et al. Ibrutinib Therapy and Mycobacterium chelonae Skin and Soft Tissue Infection.Open Forum infections Disease 2018 Jul;5(7)
寸評 テーマがむっちゃ難しかったですね。
コメント
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