注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
医療従事者であることはMRSAによるSSIのリスクを上げるか。
MRSA は医療関連感染を起こす代表的な菌であり、院内で分離される耐性菌として最も分離頻度が高く、入院患者から分離されている黄色ブドウ球菌の 50~70%を 占めることが知られている。また、MRSA による SSIを生じるリスクに、MRSA の保菌,保菌者との接触,医療機関への繰り返しの通院,集中治療室への入室歴などが挙げられる。1)今回担当した、MRSAによる術後創部感染(SSI)の患者さんが医療従事者であったことを踏まえ、医療従事者であることは、MRSAによるSSIのリスクを上げるかについて考察する。
今回、本題に一致した条件の臨床研究について言及した論文を見つけることが出来なかった。そこで、①MRSA保菌はSSIのリスク因子であるかと、②医療従事者であることはMRSA保菌及び感染のリスクであるかの二つに分けて考えた。
①2009年に矢野らは、整形外科手術における術前のMRSA保菌者(鼻腔内、咽喉、鼠径部)とそのSSI発生率の関連について2,423例の前向きコホート研究を報告した。2)この研究では、術前に鼻スワブを用いたMRSAの培養検査を行い、MRSA保菌の有無を確認し、術後少なくとも一年間追跡調査した。その結果、術前鼻腔内MRSA陽性は63例(2.6%)、そのうちSSIを発症したのは4例(6.3%)であり、一方、陰性例は2,360例中11例(0.5%)にSSIが発症し、陽性例の方が有意にSSIの発症率が高かった (adjusted OR: 11; 95% CI: 3–37; p < 0.001)。以上より、少なくとも整形外科手術領域においては、鼻腔MRSA保菌者のMRSAによるSSIの発生率は高いと言える。
②2008年にAlbrich WCらは、1980年~2006年の文献レビューを行い、医療従事者のMRSA保菌とMRSA感染の関係を検討した。3)127件の研究で計33,318人の医療従事者が調査され、MRSA保菌者は1,545人(保菌率4.6%)であった。臨床経過が評価できたMRSA保菌者942人のうち48人(5.1%)が有症状で、なかでも皮膚/軟部組織感染症が最も多く34人(3.6%)であったと報告している。しかし非医療従事者との比較は言及されていない。一方、Thomas Bらのレビューでは、鼻腔内MRSA陽性率が一般住民の1.5%に比べて、救急隊員では6.4%と高い傾向が見られた、と報告している。4)鼻腔のMRSA陽性者の割合は、救急隊員をはじめとした特定の職業活動に影響して増加する可能性がある。医療従事者の4.6%という保菌率をみると、一般住民に比べて保菌のリスクが高いようにも思われるが、同一の研究で比較が必要であろう。
今回、医療従事者であることがMRSAによるSSI発症のリスク因子になるかどうかは明らかにならなかった。理想的には、すべての手術における医療従事者と非医療従事者のMRSAによるSSIの発生率を見る前向きコホート研究で明らかになると思われるが、実際にはSSIの発症頻度は少なく、症例を集めるのは困難なため実現は難しいかもしれない。
そこで、上記のように救急隊員から医療従事者全般に対象を広げて、非医療従事者と比較したMRSA保菌及び感染のリスクを調べる前向きコホート研究を行うことで、医療従事者が非医療従事者よりMRSAの鼻腔保菌のリスクが高いことが示されれば、①の結果と合わせて、少なくとも整形外科の術後においては、医療従事者は非医療従事者に対してMRSAによるSSIの発生率は高いと間接的に示せると考える。また、①の研究を整形外科以外の他の領域に広げることでSSI一般のリスクへの言及に近づくと思われる。
- MRSA 感染症の治療ガイドライン―2017 年改訂版
- Acta Orthop. 2009 Aug;80(4):486-90. Positive nasal culture of methicillin-resistant Staphylococcus aureus (MRSA) is a risk factor for surgical site infection in orthopedics
- Lancet Infect Dis.2008 May;8(5):289-301 Health-care workers: source, vector, or victim of MRSA?
- Prehosp Disaster Med. 2017 Apr;32(2):217-223. Everyday Dangers - The Impact Infectious Disease has on the Health of Paramedics: A Scoping Review.
寸評:ややこしいテーマでどうなるかと思いましたが、がんばってまとめましたね。
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