注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
「E. faeciumに対するバンコマイシンのトラフ値はいくらに設定すればよいのか。」
E. faeciumによるカテーテル関連血流感染症疑いに対してバンコマイシン(以下、VCM)を投与していたが、炎症反応が治まらなかった。血中濃度が低いことにより、炎症反応が持続していると考えた。そこでトラフ値の設定をいくらにすれば効果があるのか考察する。
グリコペプチド系薬のVCMは有用性と安全性を高めるためにTDMを実施することが必要な薬剤であり、初回目標トラフ値が10~15μg/mLに設定されている1)。トラフ値が20μg/mLを超えると腎機能障害などの有害事象が発現する。菌血症、心内膜炎、骨髄炎、髄膜炎、肺炎(院内肺炎、医療・介護関連肺炎)、重症皮膚軟部組織感染における目標トラフ値は15~20μg/mLが推奨されている。臨床的および細菌学的効果を予測する指標としてAUC/MIC ≧400が報告されており、実臨床でトラフ値はAUCの代替指標とされている2)。
E.faeciumに対する最適なトラフ値を調べたところ、ハリソン内科学やUpToDateでの記載はなく、Pubmedで検索したところ下記の研究があった3)。VCMのトラフ値とグラム陽性菌感染を有する中国人患者の臨床転帰との関連を調べた後ろ向き研究では、2004年3月から2014年9月までグラム陽性菌感染を有する合計148人の入院患者が同定され、MRSAの90株とEnterococcus属23株(E. faecium 13株、E. faecalis 10株)を含む 111人の患者から合計113株のグラム陽性菌が分離された。Enterococcus属はサブグループであり、E. faecium単独の議論はなされていなかった。患者は細菌根絶群(n=74)と細菌持続群(n=37)に割り当てられた。トラフ値が細菌根絶群で8.1μg/mL(4.3~12.4)、持続群で7.3μg/mL(5.6~11.3)であり、有意差は見られなかった(P=0.8462)。2015年まで中国では多くの臨床医が5~10μg/mLのトラフ値を使用していたので、ガイドラインよりは低く設定されていたのではないかと思われる。Enterococcus属の治療奏功率は、91・3%(21/23)であり、内訳は呼吸器感染症では100%(6/6)、尿路感染症では84.6%(11/13)、その他の感染症(菌血症、心内膜炎、中枢神経系感染)では62.5%(5/8)であった。以上より、トラフ値が8.1μg/mLであってもEnterococcus属の治療奏功率は91・3%であることから効果があると考えられるが、尿路感染症や菌血症の治療奏功率は呼吸器感染症と比べて低く、トラフ値8.1μg/mL前後では不十分である。 10~15μg/mLを目標にするほうがよいのではないかと考える。現段階ではE.faeciumに対する最適なトラフ値を断言できるほどの根拠は見当たらなかった。MRSAに対するVCMのトラフ値を適応せざるを得ないと考える。
引用文献:1)抗菌薬TDMガイドライン(2016年), 2)MRSA感染症の治療ガイドライン(2014年)
3)Journal of Clinical Pharmacy and Therapeutics, 2015, 40, 640-644: Vancomycin serum trough concentration vs. clinical outcome in patients with gram‐positive infection: a retrospective analysis G. Cao MSc X. Liang MMSc J. Zhang PhD Y. Zhou MD, PhD J. Wu Bmed Y. Zhang Bmed Y. Chen PhD J. Huang MSc X. Liu MSc J. Yu BSc, First published: 18 September 2015
寸評:良い答えが出なかった、で終わるレポートでは良いレポートが多いです。その好例でしたね。
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