献本御礼
本書はすごい本である。だが、驚きはしない。高岸先生は2007年に洛和会音羽病院の初期研修医になっている。音羽のOBであればこのような本が書けることはサプライズではない。音羽OB/OGの若手医師は、これまでもリーダブルで勉強になる本を次々と出版しているのだから。卒業年が若いことも驚きの根拠とならない。卒業年度で値踏みする日本医療の悪習は、そろそろ止めにすべきだ。
理由の一つは簡単だ。英語とネットである。情報へのアクセスは極めて容易になり、だれでも貴重な情報にアクセスできるようになった。ただし、多くの人は貴重な情報にアクセスしない。「英語の壁」も大きい。だが、それを克服した人たちはどんどん新しい情報を取り込み、咀嚼し、そして「自分の言葉」に換言して吐き出している。
本書の「ウリ」はフローチャートと膨大な表データにある。要するに、診療は自分の中でいかにフローチャート(アルゴリズム)を作れるかなのだ。ぼくも研修医のときはフローチャートづくりに邁進した。ただ、疾患の分類や特徴を表にするのは割愛した。面倒くさかったからだ。そこまで面倒くさいことをちゃんとやるのが本書の素晴らしさだと思う。治療について言及しているのも本書の特徴だ。治療は「診断」と違い、どんどんアップデートされるので、ノンスペシャリストは割愛しがちだ。ぼくはついつい割愛する。汗顔の至りである。
日本の医療は基本「ノウハウ主義」だ。これは医者もナースも技師もたいていそうだ。「ノウハウ」のよいところは、経験の蓄積で患者に対する対応パターンをどんどん成熟させることが可能な点である。経験すればするほど、対応能力が増していく。しかし、ノウハウ主義の陥穽も大きい。新しい知見が得られても気づかない。勉強せず、自分の経験だけを頼りにするからだ。「ノウハウ主義」は定義的に年を取れば取るほど(その蓄積された経験値のおかげ、いやそのせいで)勉強しなくてよい、という幻想を与えてしまう。で、勉強しなくなる。
しかし、21世紀の現在は新しくジェネレートされる知見はあまりに多い。それを吟味、更新できないと、ノウハウ主義者は単なる時代遅れのダイナソーとなってしまう。情報収集と吟味は現代医師の必須の能力である。
ネットと英語に長けていれば、訓練すれば最新の医療情報にアクセスし、そしてそれを吟味することができるようになる。製薬メーカーに情報を頼っている連中はそれができない。鍛えない能力は衰えていくからだ。当たり前だ。メーカーの説明会とかに頼らない態度を穿けば、自分で情報を検索し、情報を吟味する能力は鍛え上げられていく。
本書は「内科」の本であり、「hospitalist」の本である。そういうカテゴリーの本はありそうでなかった。もともと細分化、専門化が激しい日本ではジェネラリストは歓迎されてこなかったし、ジェネラリストの畑でもなんとなく外来診療や在宅が偉くて、病院診療はひとつ下がる、みたいなエートスがあったからだ。根拠のないエートスだが。そういうわけで、ここに楔を打ち込んだ本書の異議は限りなく大きい。
内科専門医制度がどうなろうとも、内科医を名乗りたいならば、本書でカバーしている領域はすべてカバーしておくべきだ。130項目。全部読むのがよい。内科当直してても、自分の科以外の訴えは対応できない内科医が日本には多すぎる。内科をなめてはいけない。本書は内科医を名乗れるか否かの、踏み絵といっても良いと思う。
本書の特徴はそのインフォメーションマネジメントにある。大量の文献検索と吟味。NEJMとかJAMAだけ相手にするような権威主義もなく、「月刊ナーシング」とかが平気で引用されている。さすがだと思う。
知性には「知っている」知性と「知りたい」知性があると思う。著者にあるのは「知りたい知性」だ。今日のネット社会では「こんだけ知ってるよ」という物知り主義よりも、「もっと知りたい」という知性のタイプの方が絶対に強い。
その博覧強記の情報量も、抑制が効いているのがさすがである。音羽OB/OGにはこのタイプのアウトプットが多い。いろいろ調べて、物知りになりました、的な医者のブログは多い。でも、それは地に足がついていない、なんか知ったかぶりの、自分を大きく見せたいだけのブログだ。
音羽の場合、経験豊かでかつ経験主義に甘えない「猛者」の指導医たちがたくさんいる。中途半端な勉強で物知りになっただけでは木っ端微塵にふっ飛ばされる強者の指導医たちだ。そういう指導医に恐れを抱きながら、なおかつ自分で見出すことのできるfindingsを求め、あえてぶち当たる。この知的好奇心と勇気こそが音羽の最大の武器と言えよう。本書も情報量はものすごく多いにも関わらず、実に抑制が効いているのが好ましい。個人的には急性膵炎のタンパク分解酵素阻害薬の解釈とか、ACTH刺激試験の使い方とかが興味深かった。
本書は、内科医になりたい人には全員にオススメだ。ホスピタリストでない人にもおすすめしたい。入院患者のマネジメントは、外来診療と同じくらいエキサイティングなことが感得できるはずだ。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。