献本御礼。
僕はごはんを茶碗5分の1くらいしかよそらない炭水化物摂取の低い人ですが、ホームベーカリーでパンを焼き、パスタマシンでパスタも作り、ケーキも大好きという側面も持っています。拙著にも書いたように、ローカーボ食もハイカーボ食もどっちでもOK、というタイプです。
なので、ご飯好きの人は僕の言うことはほとんど気にしません。「ちゃんと勉強してる」糖質制限派の人も別にどうということはないでしょう。ところが最近、宗教的なまでに糖質制限に入れあげている人たちが増えてきて、そういう人は僕の書くものにいちいち噛み付いてきます。僕が糖質制限の絶対性を否定し、神格化しないからです。
今日は世界エイズデーです。エイズ治療戦略のARTは人類史上最も高い成果を上げた科学と人智の傑作です。何しろ死亡率100%の病気を、かなり死亡率0%にまで近づけたのですから。血管領域の疾患でも腫瘍領域の疾患でもこれだけ臨床インパクトの大きな治療法は稀有でしょう。そりゃ、天然痘ワクチン(種痘)とかもすごかったけど、あれも死亡率3割くらいの病気で自然治癒の方が多かったことを考えると、ARTのインパクトはそれ以上と言えます。ま、将来その座はHCV治療薬(たち)にとって代わられるかもしれませんが。
しかし、そのような現代科学の最高傑作たるARTですら問題点は山のようにあります。今も毎年100万人以上の人がエイズで亡くなっています。え?ART死亡率ゼロとか言ってなかった?そう、ARTは高額で、特に飲み続けやすいものほど高額なのです。安い薬は副作用が多く、飲み続けにくい。耐性ウイルスも問題です。そういう意味ではイベルメクチンの方が実貢献度は高いのかもしれません。もっと安全でもっと安いARTは必要で、まだまだARTも「道半ば」なのです。
現代医学史上最高のARTですら問題ありありで、今もベターな方法が模索され続けているのです。それなのに一部の宗教的な糖質制限主義者たちはそのオールマイティーっぷり、無謬ぶりを頑迷に主張し、また強要します。成功例だけをことさらに取り上げて、失敗例を無視します。いや、本当に見えていないのかもしれません。
本書でも取り上げられている「医者が知っておくべき」50の研究では、体重減少をアウトカムとしてローカーボなどいろいろなダイエットをランダム化して比較した研究が紹介されています。これによると、体重減少というアウトカムにおいてはどの群にも有意差は出なかったのです。著者は熱意を持ってその食事方法に取り組めば、その方法が何であるかは問題ではない、と述べています。だから、宗教的なまでに糖質制限にコミットするのは、そういう意味では悪い「メンタリティー」ではありません。そして、そういう人は多分ダイエットに成功している、、、ただし、同じメンタリティーで異なるダイエットをしても、同じアウトカムは得られるのです。
と言うよりも、糖質制限でもうまくいかない人がいる、他の方法でもうまくいく人がいる、という自覚はむしろ糖質制限の科学性を担保するのに必須な条件なのです。どんな治療だって百戦百勝、NNT=1ということはないのです。だから、科学を理解している人なら、ある治療法の瑕疵があることそのものは問題にしません。それを問題視するのは、科学を宗教化している場合だけです。
今でも諸学会では「なんとかが著効した一例」みたいな武勇伝を羅列しますが、ああいう武勇伝には科学性は担保されていません。なので、なぜ学会で発表するのかわかりません。大切なのは、うまくいかなかったデータも等しく開陳する、あるいはうまくいかなかった事例を分析することなのです。ARTは史上最高の治療戦略(の一つ)ですが、だからこそ失敗事例を我々は山のように分析してきました。それこそがARTのクレディビリティーを高めていてくれるのです。
本書で紹介されている諸論文はどれも基本的なものばかりで、それこそ「すべての医師が読むべき」論文です。しかし、この論文のやり方を踏襲することが我々のやるべきことではありません。すでに本書が出た後でEGDTなんかはまたしても混沌の中にいます。ただ、大切なのはデータを真摯にゼロベースで読み、科学に誠実であること。誠実であるというのは盲信することではないこと。こういう基本的な論文を読み続ける先にしか「科学的に妥当な方法(食事法含む)」の吟味や担保はありえないことだけは、ちゃんと知っておくべきなのです。だから、本書は本当に「医師ならみんな読むべき」となるわけですが、それはそこに大きくて深刻な欠落があるからなのです(もっとも、本書のような企画が成立するということは、アメリカでもその深刻な欠落はあるのだ、という当たり前の事実に気付かされますが)。
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