注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
MRSAによる菌血症の治療におけるバンコマイシンとダプトマイシンの比較
本実習中にMRSAによる菌血症を伴った深部手術部位感染の症例を担当した。バンコマイシン(VCM)とダプトマイシン(DAP)の両者が使われていた。MRSA菌血症の治療に両者をどのように使用すべきか、比較した。
まずMRSAによる菌血症治療におけるガイドライン上の推奨度について、IDSAのMRSA治療ガイドラインではVCMもDAPも強く推奨されており(推奨度A)、推奨度に優劣はなかった(1)。日本化学療法学会によるMRSA感染症の治療ガイドラインにおいても、MRSA菌血症治療の第一選択薬としてVCMとDAPの2剤が併記されており、いずれのガイドライン上も同程度に推奨されていた。
MRSAによる菌血症に対するVCMとDAPの治療成績の比較について、Vance G. Fowlerらによる黄色ブドウ球菌血症患者に対するランダム化試験の報告では、MRSA菌血症に対する治療成功率はVCMによる標準治療群が31.8%、DAP群が44.4%で、DAP群の非劣性が示されている(2)。
副作用について比較すると両者は明らかに異なる。VCMの副作用としては、red man症候群、腎障害、第8脳神経障害、血球減少などがあり、頻度で言うと腎障害が最も高い。一方DAPの副作用としては、消化器症状や肝機能障害のほか、大量投与時の筋骨格系の障害(CKの上昇)などが挙げられているが、腎毒性の頻度は相対的に低い。両者の腎毒性を比較したSara E. Cosgroveらの報告によると、黄色ブドウ球菌による菌血症及び感染性心内膜炎患者への長期投与における血清クレアチニン濃度の比較ではDAP群120症例の28日間投与後のMean Creatinineの値が0.95であったのに対しVCM群は同期間投与した53例で1.65と高く、腎障害のイベントの発生率もDAP群では7%、VCM群では19%であり、DAP群の方が腎毒性は低いという結果であった(3)。VCMは利尿剤などの腎障害を引き起こすことがある薬剤と併用しなければ、腎障害は起きにくいとされている(4)が、腎機能が低下している患者については、副作用を考慮するとVCMよりもDAPが投与しやすい。
また近年VCMに対する最小発育阻止濃度(MIC)が高い値をとる菌が増加傾向にあるという問題もある。Carol L. Mooreらの報告5によると、MICが1.5, 2µg/mlの集団ではVCMによる治療群がDAP群に比較し死亡率が上昇するとされ、そのような菌でもDAPが推奨される。
しかし、DAPは肺サーファクタントと結合すると不活化することから呼吸器感染症では使用できないため、肺炎に関連した菌血症ではDAPではなくVCMを使用すべきである。またVCMは血中濃度のモニタリングが可能であり、安全な血中濃度を保ちながら投与することができる利点がある。VCMはDAPと比較して長期間使用されてきており、また過去のデータが蓄積されていることから副作用の出現を予測しやすいなどの利点もある。
このようにVCMとDAPにはそれぞれの長所・短所がある。最終的には、症例ごとに感染のある部位や患者の基礎疾患などを考慮し、どちらの方が適しているか、どちらの方が患者に利益をもたらし得るかを慎重に考えて選択する必要がある。
(参考文献)
- MRSA Guidelines – IDSA
- Fowler V.G.Jr., et al. N Engl J Med.2006;355(7):653-665.
- Cosgrove SE, et al. Clin Infect Dis. 2009;48:713-721.
- レジデントのための感染症診療マニュアル 第3版
- Carol L. Moore et al. Clin Infect Dis. 2012 Jan 1;54(1):51-8.
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