JSPENガイドラインのCRBSIの記載がおかしい、という指摘があったので読んでみた。たしかにおかしい。作成委員に知人がいたので、連絡して改正を検討していただくことになった。この時点では、内々の話になるのかと思っていたのだが、どうもこの記載はJSPENオリジナルではなく、他にもこういう記載があることを知った。ので、これは公開して、議論の俎上に載せる必要があると思う。以下にJSPENに出したメールを載せる。
日本静脈経腸栄養学会事務局さま
神戸大学の岩田健太郎と申します。感染症を専門としており、お世話になったXX先生にご指導いただき、このたびメールを差し上げております。
現在、我々感染症専門家の間で「静脈経腸栄養ガイドライン」(第3版)のCRBSIについての記載が問題視されています。以下に、具体的にご指摘させてください。
Answer 27.1
引用「基本は「カテーテル留置期間中に発熱、白血球増多、CRP上昇などの感染徴候があって、 カテーテルを抜去することによって解熱、その他の臨床所見の改善をみたもの」である」
これは現象としてCRBSI(の多く)を観察したものに過ぎず、「診断定義」とは呼べません。血流感染なのですから、血流に感染があることを確認し、それがカテーテル由来であることを推定します。すなわち、皮膚とカテーテルからの血液培養が診断の基本です。
上記のデスクリプションは、アナロジーで言うならば、ある悪性疾患の診断定義として、「体重減少やアルブミンの低下、貧血を認めるものである」とするのと同じです。もちろん、これをもってがんの診断定義としてはいけないのは当然です。また、カテーテルの抜去で改善しないCRBSIは珍しくありません(このガイドラインにすらその記載はあります。だから定義には成り得ないのです)。CRPなどバイオマーカーが数々の感染症において感度/特異度が充分でないのもこの業界では常識です。
例えば、アメリカ感染症学会(IDSA)の定義をここに紹介します。アメリカの定義が世界各国共通の定義とは必ずしも一致はしませんが、私が知るかぎりほとんどの国では下記のような臨床定義を踏襲しているはずです。
Bacteremia or fungemia in a patient who has an intravascular device and >1 positive blood culture result obtained from the peripheral vain, clinical manifestations of infection (e.g. fever, chills, and/or hypotension), and no apparent source for bloodstream infection (with the exception of the catheter). One of the following should be present: a positive result of semiquantitative (>15 cfu per catheter segment) or quantitative (>10 2 cf. per catheter segment) catheter culture, whereby the same organism (species) is isolated from a catheter segment and a peripheral blood culture; simultaneous quantitative cultures of blood with a ratio of >3:1 cfu/ml of blood (catheter vs peripheral blood ); differential time to positivity (growth in a culture of blood obtained through a catheter hub is detected by an automated blood culture system at least 2 h earlier than a culture of simultaneously drawn peripheral blood of equal volume). Note that this definition differs from the definition of central line-associated blood stream infection used for infection-control surveillance activities.
http://cid.oxfordjournals.org/content/49/1/1.full
最後の文章は重要で、サーベイランスは施設間比較が容易にできるために臨床的な診断精度をいくぶん捨象してサーベイランスの目的に合致した形で行います。臨床家はサーベイランス定義をそのまま診療に用いてはならないのです。
また、ガイドラインにあるような「カテーテル先端培養」は定着菌との区別ができないため、上記のような定量的な処理をしていない場合は(ほとんどの医療機関ではそれは困難ですが)行ってはなりません。神戸大学病院感染症内科では、カテ先培養を提出しないよう院内で提唱しています。よって91ページ下の記載は全て誤りです。
Answer 28.2について
二次性感染症が起きている場合にカテを抜去しても治癒しないのはよいとして、その場合はどんな二次性感染症が起きているかを確認する必要があります。例えば感染性心内膜炎や椎体炎、腸腰筋膿瘍などです。よって「抗菌薬による治療」という記載では不十分です。もしガイドラインの記載のレベルを超えるならば、せめて「感染症専門家をコンサルトする」という記載にすべきです。
93pの「血液培養」は複数セットの血液培養と明記されねばなりません。なお、この手技はすでに保険診療で近年認められています。先端培養が間違ったプラクティスなのは上記のとおりです。
97pには「CRBSI 自体を抗菌薬等で治療しようとするよりも、CVC を抜去して 入れ換えるという方法の方が確実である」という記載があり、あたかも抗菌薬がなくてもCRBSIが治癒できるかのような印象を与えています。CV抜去だけで治癒するCRBSIは存在しますが、それはシートベルトなしの(ラッキーな)無事故運転と同じで基本的には推奨されません。原因菌のいかんにかかわらず、抗菌薬投与「も」必要だ、というのもこの業界のコンセンサスであり、抜去だけで治療というのは日本の一部の専門家によるマイナーな意見にすぎないと思います。
また、S. aureusの治療期間を10-14日としていますが(96p)、これもマイノリティーの意見です。まだ黄色ブドウ球菌の治療期間は確立していませんが、少なくとも14日間、専門家によっては全例4週間以上の治療を推奨するものもいます。
http://cid.oxfordjournals.org/content/49/1/1/F3.expansion.html
なにより、抗菌薬療法についてほとんど記載がなく、このガイドラインを読んでも具体的にどうしたら良いのか読者はわからないと思います。上記IDSAガイドラインと比較していただければ、彼我の差は明白なはずです。
その他、クロルヘキシジン0.5%の扱いなど、細かい所でいろいろ異論はございますが、比較的マイナーなポイントなのでここでは割愛します。上記はすべてCRBSIのまっとうな診断と治療を阻害するクリティカルなエラーなのでここにご指摘申し上げ、貴学会の名誉と患者のアウトカムのために、速やかな感染症専門家による見直し、改定を衷心よりお願いするものであります。
以上。
岩田健太郎
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。