注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
人工血管感染に対し外科的処置が不可能な症例における治療方針
わが国における胸部大動脈手術後のSSI発生率は4.5%、腹部大動脈手術では3.7%である[1]。動脈留置用血管内留置型人工血管に感染が起きた場合の死亡率は25%程度であり、人工血管感染が生命予後に多大な影響を及ぼすことが分かる[2]。
人工血管感染の原因菌で最多のものはMRSAを含むStaphylococcus属であり、次いでStreptococcus 属が多く見られ、Pseudomonasのようなグラム陰性桿菌も見られることがある。他の原因微生物としてAspergillusが患部からの排液より検出されたとの報告もある[3][4]。
人工血管感染の治療は感染部位の切除が第一選択であるが、感染が人工血管に限局している症例で、患者が重大な並存疾患を持っている場合や高齢で手術に耐えうる体力がないと判断された場合、または人工血管が大動脈弓に存在しているなど再置換術のリスクが高い場合には保存的療法が選択される[5]。
外科的処置が不可能な場合の治療法には抗菌薬長期投与が選択される。抗菌薬は血液培養の結果をよく考慮した上で選択されるべきだが、原因菌が不明の場合にはバンコマイシンとセフトリアキソン(またはフルオロキノロン、ピペラシリン·タゾバクタム)を併用することで出現頻度の高いグラム陽性球菌(MRSA含む)とグラム陰性桿菌をカバーできる。人工血管感染における抗菌薬治療の投薬期間についてのRCTは存在しないが、一般的に少なくとも6週間は投与が続けられる[4]。
治療後にはsuppression 目的で長期的に経口抗菌薬が用いられる。抗菌薬の選択に当たってはsuppressionの長期予後について、腹部大動脈人工血管感染の患者5名に一般的な抗菌薬投与を行い、その後β-ラクタム系抗菌薬内服にてsuppressionを行った場合の報告が存在する[6][figure 1]。5例中4例においてsuppression開始から1~2年後に抗菌薬が減量されている。平均フォローアップ期間は32ヶ月であり、最長で6年間のフォローが行われた。全例でフォロー中の再発は見られなかった。再発率、フォローアップ期間についての明確なRCTは存在しないものの、全員が再発なく生存していることは人工血管感染の死亡率から考慮しても良好な結果と考えられる。
[figure 1]
Case |
原因菌 |
治療薬 |
期間 |
Suppression |
投与量 |
フォロー |
77M |
S. auricularis |
vancomycin |
2week |
Flucloxacillin |
2g/day (12month~ 1g/day) |
35months |
77M |
E. faecalis |
vancomycin |
10day |
Amoxicillin / clavulanic acid |
1.5g/day / 375mg/day |
32months |
56M |
S. aureus |
Flucloxacillin / gentamicin |
2week |
Flucloxacillin |
3g/day (24month~ 1g/day) |
6years |
64M |
S. haemolyticus |
amoxycillin |
2week |
Amoxicillin |
3g/day (18month~ 1g/day) |
30month |
77M |
S. aureus B. stercoris |
flucloxacillin |
2week |
Flucloxacillin |
3g/day (12month~ 1g/day) |
32month |
[1] 厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業 2013年 年報 https://www.nih-janis.jp/report/ssi.html
[2] UpToDate. Complications of endovascular abdominal aortic repair 2014/9/18
[3] A. Gordon, C. Conlon, T. Pelo, et al. An eight year experience of conservative management for aortic graft sepsis. Eur J Vasc Surg, 8 (1994), Pages 611–616
[4] T. Kaneda, J. Iemura, H. Oka, et al. Treatment of deep infection following thoracic aorta graft replacement without graft removal. Ann Vasc Surg, 15 (2001), Pages 430–434
[5] Peter F. Lawrence. Conservative Treatment of Aortic Graft Infection. Seminars in Vascular Surgery: Volume 24, Issue 4, December 2011, Pages 199–204
[6] Roy D, Grove DI. Efficacy of long-term antibiotic suppressive therapy in proven or suspected infected abdominal aortic grafts. Journal of Infection (2000) 40, Pages 184-204.
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