シリーズ 外科医のための感染症 17. 各論篇 整形外科領域 人工関節関節炎
整形外科系感染症で一番厄介なのは異物感染。とくに人工関節が感染すると、治療は非常にやっかいです。
異物には細菌が作るバイオフィルムがとりつき、そこに微生物が「隠れて」しまうと、抗菌薬治療は効かなくなります。なので、「異物は抜去」が必要になるのです。しかし、カテーテルなどとは違い、人工関節は「じゃ、ちょっと取っ払って」と軽く抜去することは困難です。骨が弱くなった高齢者ではなおさらそうで、そういう方々に限って人工関節を有しやすい人たちだったりするのです。ジレンマです。
人工関節感染は、
「関節置換術すぐ後の感染」
「その後の感染」
「さらに後の感染」
の三つに分類できます。
「関節置換術後すぐの感染」は、術中に汚染された菌による、まあSSIでして、黄色ブドウ球菌やグラム陰性菌が原因になります。が、バイオフィルムをまだ形成していないので、抗菌薬治療のみで治癒することもあります(治癒しないこともあります)。
「その後の感染」は、術中に入った弱毒菌が時間をかけて感染を成立させるものです。典型的にはコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)が原因です。
「さらに後の感染」は、人工関節に「後から」感染が起きるもので、とくに血流感染の成れの果てとしての感染が多いです。ブドウ球菌、連鎖球菌、グラム陰性菌など多くの菌が原因となります。
人工関節感染の治療は非常に厄介ですが、(これも不幸中の幸いですが)たいてい緊急事態ではありません。関節穿刺液や膿の培養をしっかりとり、確定診断と原因微生物の同定をしてから、ピンポイントで殺せる狭い抗菌薬を選択し、最大量で治療します。
残念ながら、培養検査なしで「とりあえず」と抗菌薬を使ってしまうケースを散見します。もっと残念なケースは、フロモックスやメイアクトのようなバイオアベイラビリティの悪い経口セフェムを「とりあえず」使ってしまうケースです。CRPは若干下がるかもしれませんが、決して問題は解決せず、「ドロドロ」になってしまうリスク大です。絶対に止めましょう。
人工関節は抜去、再置換が必要になることが多いですが、それを1回でやるのか(one-stage)、2回に分けてやるのか(two-stage)については意見が分かれています。前者はヨーロッパで、後者はアメリカでよく行われます。後者の方が微生物学的には理にかなっていますが、ベッド安静期間が長くなることもあって、全体の予後を悪くする可能性も懸念されます。現段階では、両者のうちどちらがベターか、という決定的なデータはありません。
two-stageの場合でも、何週間抗菌薬を提供してから置換するのかなど、分からないことが多いです。ただし、よくある、しかし意味がないであろうプラクティスはあります。それは関節液培養が「陰性化」するまで抗菌薬を用いる、というものです。たとえ培養が陰性化しても菌は消えていません。人工関節のバイオフィルムのなかに巣くっていますから、培養が陰性化してもあまり意味はないのです。ていうか、本当に菌が消えていたのであれば、関節置換術は必要ないわけで、、、、
同様に、抗菌薬入りのビーズやセメントもよく用いられますが、その効果も定かではありません。抗菌薬の還流療法は二次感染のリスクもあるため、またこれを支持する臨床データも乏しく、岩田はあまり推奨しません。
抗菌薬は典型的には4〜6週間使うことが多いです。経口薬にスイッチも可能です。例えば、
セファゾリン2g 8時間おき
を2週間使い、残りを
ケフレックス(セファレキシン)500mg 1日3回
みたいなのが典型的です。ケフレックスのような「古いセフェム」のほうが、原因菌にどんぴしゃりで、バイオアベイラビリティもよいのでした。新薬に安易に飛びつかないというのは大事な教訓です。
文献
Sia IG et al. Prosthetic joint infections. Infect DIs Clin N Am. 2005;19:885-914
Berbari E and Baddour LM. Treatment of prosthetic joint infections. UpToDate. last updated Sep 19, 2013
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