シリーズ 外科医のための感染症 16. 各論篇 整形外科領域 壊死性筋膜炎とガス壊疽
壊死性筋膜炎(necrotizing fasciitis)は内科的、救急的、整形外科的、形成外科的、皮膚科的エマージェンシーです。なので整形外科に限定する必要はないのですが、いちおうここに入れておきます。
壊死性筋膜炎は筋膜(fascia)の病気です。itisがつくと炎症なのでfasciitisですが、このiが二つつくのがスペルめんどくさい、と思うのは岩田だけでしょうか。これは一回経験しまえば、それも早期診断を体験してしまえばあとはまったくシンプルな病気になります。少なくとも診断においては。
筋膜は血流が乏しいため、細菌に対する白血球などの免疫細胞が機能しにくい特徴を持っています。そこで、壊死性筋膜炎が起きると筋肉や皮膚・皮下組織を無視してどんどん筋膜にそって病変が進行していくと考えられています
さて、壊死性筋膜炎に次のようなイメージは、診断の邪魔になるのですっぱり忘れましょう。
1. (教科書の写真によくあるように)病変部が壊死して真っ黒。ブラ(大きな水疱)ができていて、患部が腫れ上がり、いかにもヤバげな感じ。
2. 皮膚を切開すると、ドロドロと悪臭を伴う膿が、、、
3. 患者は免疫抑制や臓器障害を持つ、「いかにも」な感じの患者。
こういうのが、典型的な壊死性筋膜炎に対する「間違った」イメージです。
もちろん、壊死性筋膜炎も最終的には真っ黒、腫れ上がり、ドロドロになります。しかし、それは進行してもう手がつけがたくなった壊死性筋膜炎の成れの果てです。「そうなる前」に診断するのが肝心だと思います。
では、発症初期(数時間以内)の壊死性筋膜炎とはどのようなものか。
それは、上記のように「筋膜」だけが侵されている状態です。したがって、皮膚病変はなく、腫れ上がってもいません。筋膜は外からは見えませんから、外からは患肢は正常に見えます。
しかし、2つの点が特徴的で、これで壊死性筋膜炎を早期診断できます。
1. 全身状態がとても悪い。
2. 患肢は見た目問題なさそうなのに、やたら大げさに痛がっている。
これは、早期の壊死性筋膜炎ほぼ全例に見られる特徴です。救急室に入ったとたん、「あれ、この人、壊死性筋膜炎じゃないかなあ」と感じ取ることすら可能です。患者を診る前に、咳だけでクループを診断できるように。待合室で坐っている患者の姿勢を見て、「あ、この妙に前のめりな姿勢、ひょっとして、急性喉頭蓋炎かな」と分かる(ことがある)ように。
とにかく、血圧低め、熱高め、頻脈、頻呼吸、冷や汗ダラダラで苦痛に顔を歪め、ちょっと触るとすごく(正常に見える)脚を痛がる、、みたいなのは、すぐに外科系ドクター、コールです。そして、呼ばれた先生はぜひ皮膚切開、筋膜を見ていただきたいのです。
そこからは、膿は出てきません。筋膜が溶けたような、漿液性の液体がサラサラでてきます。筋膜の色は濁っていて、普段のようなつやつやな生気がありません。この液をグラム染色すると、グラム陽性連鎖球菌が見えたりして、これでバッチリ診断終了です。
すぐにオペに連れて行き、可及的速やかにデブリドマンです。CTもMRIも不要です。よく教科書に「MRI所見は、、」なんて説明がありますが、MRIの所見があろうとなかろうとすでに診断は明らかですし、撮影までの時間がもったいないです。というか、時間単位で進行していくこの疾患に対して、患者をひとりぼっちでチューブに入れるのは、岩田は恐ろしくてとてもできません。
血液検査は臓器障害の程度を見るのには有用ですが、どうせ白血球は高く、CRPも高いので、診断にはあまり寄与しません。どのみち、血液検査の結果が出る前にアクションをとらねばなりません。血液培養2セットは必須で、しばしば陽性になります。
血液培養や患部の培養をとったら速やかに抗菌薬治療です。壊死性筋膜炎は、
タイプ1. 嫌気性菌を含む混合感染(糖尿病など基礎疾患を持つことが多い)
タイプ2. Streptococcus pyogenes(A群溶連菌。この場合、toxic shock syndrome, TSSを合併することが多く、とくに基礎疾患がなくてもよいです。また、最近はB群など、A群以外の溶連菌による壊死性筋膜炎も散見します)。
に分けられます。タイプ1をカバーするため、この致死的なエマージェンシーに対してはえげつなく、身もふたもない治療をします。すなわち、
メロペン2g 8時間おき、およびバンコマイシン1g12時間おき
みたいな、何の工夫もないレジメンです。いいんです。この疾患に関しては、これは正当化されます。そして、毒素産生を抑えるため、
ダラシン(クリンダマイシン)900mg 8時間おき
を容態が安定するまで併用します。
昔、チエダラといって、智慧無無、、、じゃないや、チエナム(イミペネム・シラスタチン)とダラシン(クリンダマイシン)の併用が日本で流行しましたが、微生物学的、感染症学的にはまったく意味のない併用療法です。しかし、壊死性筋膜炎に限定すれば、このようなカルバペネム、リンコマイシンの併用は(毒素産生を抑えるという観点から)正当化されます。同じ目的で免疫グロブリンの投与が行われることもあります。
原因菌が判明したら、de-escalationをします。ダラシンは容態が安定するまで(感受性とは関係なく)続け、
タイプ1ならしばしば
ユナシン3g 6時間おき
タイプ2なら
ペニシリンG400万単位4時間おき
のように治療します。治療期間は壊死の進行やデブリドマンの程度にもよりますが、通常4週間程度行われます。
ガス壊疽
ガス壊疽(gas gangrene)は最近、クロストリジウム筋壊死(Clostridial myonecrosis)なんて呼ばれたりもします。クロストリジウム(Clostridium)は土壌に存在する嫌気性菌で、外傷などの汚染が契機に感染します。2008年の四川大地震のときは、建物倒壊後の外傷からガス壊疽が複数発生しました(Chen E et al. Management of gas gangrene in Wenchuan earthquake victims. J Huazhong Univ Sci Technol Med Sci. 2011 Feb;31(1):83–7)。C. perfringensなどが産生する毒素により、筋壊死が起こり、ガス産生が見られます。臨床的には壊死性筋膜炎とほとんどおんなじプレゼンで、バイタルサインが悪化、重症感が強くてものすごい疼痛がみられます。あと、C. septicumもガス壊疽を起こしますが、こちらは嫌気環境でなくても増殖する不思議なクロストリジウムです。治療はやはり、ペニシリン大量投与とクリンダマイシン、そして緊急のデブリドマンです。高圧酸素療法はよく議論になりますが、その効果については意見が分かれています。
黄色ブドウ球菌も化膿性筋炎(pyomyositis)や壊死性筋膜炎を起こしたりしますし、肝硬変患者のVibrio vulnificusとか、近縁の感染症はいろいろありますが、こういうマニアックなネタは感染症屋さんに「まるなげ」でいいと思います。
文献
Bisno AL, Stevens DL. Streptococcal Infections of Skin and Soft Tissues. New England Journal of Medicine. 1996;334(4):240–6.
Low DE, Norrby-Teglund A. Myositis, Pyomyositis, and Necrotizing Fasciitis. In. Long: Principles and Practice of Pediatric Infectious Diseases, 4th ed. 2012. 462-468
Stevens DL and Baddour LM. Necrotizing soft tissue infections. UpToDate. last updated Jan 21, 2014.
Stevens DL. Clostridial myonecrosis. UpToDate. last updated Jan 30 2014.
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