シリーズ 外科医のための感染症 4 これだけは知っておこう。細菌検査、感受性試験の解釈法
検体提出の基本
細菌感染症では適切な検体提出が鍵となります。必ず「抗菌薬が入る前」に適切な検体を提出するのが肝心でした。
おさらいですが、「フィーバーワークアップ3点セット」がありましたね。熱のワークアップでは、これがほぼ最低限必要になります。
1.2セットの血液培養
2.胸部レントゲン写真
3.尿検査、尿培養
血液培養のおさらいというか、もう少し詳しめにご説明します。
・血液培養は異なる皮膚から1回採血あたり20cc、嫌気ボトル、好気ボトルにそれぞれ10ccずつ分注します。採血時に空気が入らないよう、嫌気ボトルから入れるのがポイントと教えられますが、このプラクティスの妥当性はよく分かっていません。これを2回繰り返します(2セット)。今は保険も効くので大丈夫!でしたね。よかった♡
・なお、血液培養ボトルの頭はキャップがついていますが、滅菌処理はされていないので、必ず清潔アルコール綿で拭いてから針を刺しましょう。
・採血時にはアルコールで皮膚をきれいにし、そのあとポピドンヨードで消毒し、これが乾燥するまで待ってから採血するのが良い方法(コンタミネーションを最小限に抑える方法)です。
・手袋については諸説ありますが、清潔手袋をおススメします。あと、マスクをしないと唾がとびますので、これもぜひ。
・ICUの患者とかで、しばしば鼠径部が採血部位になっていますが、これは清潔でないのでなるたけ避けた方がよいです。
・カテーテルからの逆流採血もできるだけ避けた方がよいです。どうしてもという場合も、必ず1セットは「皮膚」から採血しましょう。
・動脈からとっても静脈からとっても検出率は変わらないと考えられているので、できるだけ痛くない静脈採血のほうがおススメです。
・間違っても、1回採血、4本のボトルの分注、、、にするのは止めましょう、、、時々、見ます。
・「カテ先培養」は「小手先培養」です。カテにくっついている菌がみつかっても、それが感染症を起こしているとは限りません。カテ先培養が「使える」事例はゼロではありませんが、あくまでマニアックな感染症屋の話です。検査技師さんの苦労を減らすためにも、ぜひカテ先培養は小手先培養、を標語にして、やめましょう。
喀痰培養
・高齢者などで痰がでにくいときは、5%食塩水(生食にあらず!)で吸入するとぽこっとでてくることがあります。10%NaCl溶液と注射用水を混ぜてそれを超音波ネブライザーで吸入させます。
・挿管されている患者なら、下気道の吸入検体を用います。
尿培養
・必ず尿検査とセットで出しましょう。
・尿カテーテルのチューブから採尿します。バッグからとってはいけません、、、とナースにお伝えください。
・週末夜間に尿培養受け付けてなければ、尿を冷蔵庫に入れて、テステープを使うという方法があります。ただし、ちゃんとナースステーションの合意を得る必要があります。ジュースの隣に尿がある、、、はいけません。あと、髄液とか喀痰は原因菌が死にやすいので冷蔵庫はダメです。あくまで尿限定です。
内科医だったらここで「必ずグラム染色」となりますが、ぶっちゃけ、外科の先生は検査技師さんや感染症の医者に「丸投げ」でよいと思います。
便培養
・基本、外科の病棟では「必要ない」と思ってください。下痢患者ではCDトキシンなどで偽膜性腸炎のワークアップをします。
創部培養
・皮膚や潰瘍のスワブ擦過は原因菌と合致しない可能性が高いのでやらないほうがよいです。膿はスワブではなく、注射器で吸うと嫌気性菌が死ににくいです。嫌気ポーターにも必ず入れましょう。
術中検体
・ぽちゃん、、とホルマリンにつける前に、培養検体を生食にくるんで検査室に送ってください。リンパ節とかなら、一般細菌、真菌、抗酸菌の「3点セット」でいけることが多いですが、各論的に困ったら感染症屋か検査室に電話するのがよいでしょう。
MICの縦読みは止めよう
さあ、細菌検査をオーダーしたら、数日で菌名と感受性試験の結果が返ってきます。
そのときにやってはいけないのが「MICの縦読み」です。これは最小阻止濃度(minimum inhibitory concentration)の数字を「縦に」読んで、いちばん数値の小さな抗菌薬が正しい抗菌薬、と判断してしまうことです。
実際には各抗菌薬の血中濃度はバラバラですし、MIC以外にも検討しなければならない項目はたくさんあります。なので、これもぶっちゃけ、MICの数字は「無視」で結構です。後に述べる「マニアックな耐性菌」を除けば、「S 感受性あり」であれば、選択肢に入れる、「IやR,,,中等度耐性や耐性」なら使わない、、、くらいの気持ちで大丈夫です。確かに、一部の連鎖球菌などでMICの数字が重要になることはありますが、外科患者でこのようなマニアックな問題が生じることはめったになく、またそういうケースの場合はオタクな感染症屋といっしょに治療するのが望ましいとぼくは思います。
似たような名前を「いっしょにしない」
これは内科医でも多いのですが、「似たような名前の菌は、だいたいおんなじでしょ」と思ってはいけません。「似て非なるもの」は案外多いのです。それでなくてもばい菌は名前が多くてややこしいのに、厄介ですね。
例えば、カンジダという真菌がいます。C. なんとかと書いてありますが、それぞれのカンジダで感受性が異なります。C. albicansがいちばんよく見つかるカンジダですが、C. glabrataとかだと、albicansで使えたジフルカン(フルコナゾール)が使えません。この場合はファンガード(ミカファンギン)などが選択肢になることが多いです。
例えば、腸球菌。腸球菌はバンコマイシン、と教わっている先生もいるようですが、Enterococcus faecalisとE. faeciumの2種類では異なります。なんかどちらも似たような名前なので間違えやすいですね。ちなみに、faecalisもfaeciumも原義は「うんこ」です。伊○園から「朝のYoo フェカリス菌」というドリンクが販売されていますが、ぼくにはそのセンス、理解できません(http://www.itoen.co.jp/products/list/products_detail/lineup/id=22525&cid=2008)。
faecalisはほとんどの場合ビクシリン(アンピシリン)感受性があり、これが第一選択肢になります。faeciumはたいていバンコマイシンが第一選択肢です。ちなみに、腸球菌はカルバペネムが効きにくいことも多いので、要注意です。カルバペネムは、腸球菌感染症では原則使わない方がよいでしょう。
サンフォードガイドを活用しよう
て、こんな面倒くさいこと覚えられへんわ。とブーイングが来ることもあります。自慢じゃないですが、ぼくも記憶力のなさには定評があるので、「覚えられへんわ」の不満にはまったく同感です(最近、とくに悪化が激しいです)。
そこでおススメなのが「サンフォード・ガイド」です(http://www.sanfordguide.com/)。あの表紙に「熱病」と書いてあるハンドブックです。
サンフォードには主な菌と抗菌薬の効き具合が表になっていて、これを見ればどの菌にどの抗菌薬が「通常効く」「通常効かない」かがすぐに分かります。日本語版も出ていますし、(英語版だけど)スマートフォンのアプリにもなっています。
ぼくも菌と抗菌薬の組み合わせで「記憶があやふや」なときは必ずサンフォードの表を使って確認しています。ほら、これを見れば、腸球菌にはカルバペネムが「いまいち」なことは一目瞭然ですね。
まあ、確かにサンフォードにも欠点はあります。最大の欠点はこれが「アメリカのマニュアル」なために、日本とは菌の感受性が異なることがときどきあるのです。でも、マニアックな感染症屋ならともかく、普通の診療ではそれほど大きな問題にはならないことが多いです。まずはサンフォードで一般的な感染症に対峙することがおススメです。
ちょっとマニアックな耐性菌たち。感受性試験を鵜呑みにしないために
近年はいろいろな耐性菌が増えています。アルファベットばかりでややこしいです。KPCだのNDM-1だの、なんやねん、て感じです。
ただし、一般的な外科領域において注意しておくべき耐性菌は、ずばり、2種類しかありません。なぜかというと、これら以外は「たいてい」感受性試験を見れば、「そのまんま」選択する抗菌薬が分かるからです。MRSAとかMDRPとかの名前を知らなくても、感受性試験の結果を見れば妥当な判断は(たいてい)可能です。
ただ、2つだけ感受性試験の解釈が難しい耐性菌がいるのです。逆に言えばこれだけ抑えておけば大丈夫ってことです。
その2つとは、ESBL産生菌とAmpC過剰産生菌です。この2つは感受性試験の結果をそのまま鵜呑みにはできないことがありますから、要注意。しかも、ICUなど外科患者でもしばしば見します(他にも感受性試験の結果が当てにならないことはあります。例えば、腸チフス患者のサルモネラとか。でも、こういうマニアックなのは外科病棟ではまれで、オタクな感染症屋に任せておけばよいでしょう)。
さて、ESBL産生菌とは何か。日本語では基質拡張型βラクタマーゼと言います。基質特異性拡張型、、、て訳語も見たことありますが、「特異性」の意味が分からないので、却下(漢字長いの嫌い!)。英語ではextended-spectrum beta-lactamasesといい、頭をとってESBL、イーエスビーエルという全く覚えにくい呼び方をします。
基質拡張型ってなんのこっちゃ、、、ですが、もともとESBLはペニシリンだけぶっ壊す、「ペニシリナーゼ」だったんです。ところが、セフェムなど他のβラクタムも壊すように、壊しっぷりが「拡張された」ので「スペクトラムが拡張型(extended spectrum)」なのです。
で、このESBL産生菌は、感受性があるはずのセファロスポリンとかが効かなかったりして、なかなか面倒なんです。確実に治療できるのはカルバペネムですが、日本のESBLはセフメタゾールでも治療できる可能性が高いです(現在、神戸大でデータをまとめてますが、たいていセフメタで治ります)。ただし、感染症屋がいない場合は、安全パイをとってカルバペネムが妥当かもしれません。
問題は、どうやってESBL産生菌を見つけるか、です。これはなかなか難しい。なので、アメリカとかはもう「ESBL探すのやめじゃ!」とキレてしまい(?)疑わしい菌はみんなカルバペネム、になってしまいました。アメリカの医療は案外、全体主義的です。ゼンターイ、右へ倣え。
で、日本の場合は良くも悪くも「施設によってバラバラ」。感受性試験をそのまんま出しているところもあれば、ESBLを探して「これ、ESBLですよ」と教えてくれる技師さんもいれば、「結局これは使えませんよ」と感受性試験を「改訂」してくれる技師さんまで、、、、なので、検査室に電話をして、「うちのやり方」を聞いておくのがよいと思います。
いちばんシンプルな「ESBLの疑い方」は、クレブシエラ、大腸菌などESBLを持っていやすい菌で、
1. 3世代セフェムの「どれか」が「R」
かつ
2. セフメタゾールがS
のときです。つまり、CTRX, CTX, CAZのどれかがR、CMZがSのパターン。これはESBLを強く疑います。ただし、この話には例外はあるので、「あれ?」と思ったら検査室に電話するのが一番です。院内に検査室がないときは、院内外の感染症屋に電話してもよいと思います(神戸大でもオッケーですよ)。
次にAmpC過剰産生菌。これもβラクタマーゼ産生菌ですが、ちょっとしか作ってないときは問題なし、たくさん作るとヤバい、という「程度問題」なβラクタマーゼです。エンテロバクターとかシトロバクターなんかで多いです。で、その「ぶっちゃけな」見つけ方は
CMZが耐性
です。こういうときは3世代セフェムは使わず、マキシピーム(セフェピム)のような4世代セフェムが第一選択となります。
細菌検査室を活用しよう
さて、察しの良い方はお気づきかもしれませんが、細菌検査室ってとても大事なんです。そしていろいろなことを教えてくれます。ぼくは研修医の時、毎日検査室に通うよう教えられましたし、感染症のフェローになってからもそれは続けました。今でも検査技師さんから教わることはたくさんあります。プロの感染症屋すらそうなのですから、みなさまも検査室から得られる情報はたくさんあると思います。ちょっと気になったら気軽に検査室に相談しましょう。「そういう文化がない」病院がたくさんあるのも承知しています。でも、文化とは創造し、築き上げていくものなのです。
まとめ
・感染症診療には適切な細菌検査が重要
・MICの縦読みはやめよう
・似たような菌をいっしょにせず、サンフォード・ガイドを活用しよう。
・ESBLとAmpCに要注意
・細菌検査室を活用しよう
文献
佐竹幸子 細菌検査結果の読み方・解釈の仕方 In. Step Up式感染症診療のコツ 初期研修から後期研修まで 文光堂 2013
系統看護学講座 アレルギー 膠原病 感染症 医学書院 2008(看護学生向けの教科書ですが、検体の出し方とかはこういう本は詳しいです。ちなみに感染症部門はぼくらが担当しています。ちなみにちなみに、アレルギーや膠原病とセットで感染症を語るのはもうやめにして、1冊丸ごと感染症、、、にしてほしいです。ほんと、日本では感染症って扱い小さすぎだよ)。
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