注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
S.aureusの産生するペニシリナーゼについて
グラム陽性球菌である黄色ブドウ球菌(S.aureus)にも、もともとはペニシリンGが有効であった。しかし、黄色ブドウ球菌がペニシリナーゼを産生するようになると、現在の黄色ブドウ球菌の多くは、わが国で入手可能なペニシリンのほとんどに耐性になり、ペニシリンGが効く黄色ブドウ球菌は日常診療では数%に過ぎなくなった。ペニシリナーゼ耐性ペニシリンとしてナフシリン、オキサシリン、ジクロキサシリンなどが開発されたが、現在わが国では認可されておらずMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)に対しては、セファゾリン(第1世代セファロスポリン)が第1選択薬として用いられている。
黄色ブドウ球菌感染症の病態としては、傷ついた軟部組織の化膿性病変、菌血症、局所の感染と毒素産生による全身症状を呈するものがある。黄色ブドウ球菌による菌血症の場合、その特徴は菌血症後に血行性に感染が転移することであり、心内膜炎は6〜25%に見られるほか、様々な臓器に膿瘍を形成し細菌性脳膿瘍の原因菌として黄色ブドウ球菌は10〜15%を占める。中枢神経系感染症(髄膜炎、脳膿瘍)を伴うMSSA菌血症の場合、セファゾリンは血液脳関門を通過しないため治療に使用すべきではない。しかしながら、先に挙げたペニシリナーゼ耐性ペニシリンであるナフシリン、オキサシリン、ジクロキサシリンなども未承認のため使えず、やむなく現時点では、セフトリアキソン、メロペネム、セフトリアキソンにセファゾリンを併用、セフトリアキソンにリファンピシンを併用、バンコマイシン、アンピシリン・スルバクタムを使用するなど、さまざまな方法で感染症専門家は対応している。
感染症治療において、初期治療から、スペクトラムのより狭い抗菌薬による最適治療に変更(ディ・エスカレーション)することの根拠(抗菌薬の適正使用の必要性の理由)は、CDC(米国疾病対策センター)も次のように提唱している。①最大の臨床効果を患者に提供する ②最小限の副作用にとどめる ③耐性菌発生の防止に努める。したがって、抗菌薬の余分なスペクトラムはなるべく排除するのが望ましく、可能な限りスペクトラムの狭い抗菌薬で治療することが推奨される。
黄色ブドウ球菌感染症は、心内膜炎であろうが髄膜炎であろうが数週間という長期の抗菌薬使用を必要とする。これに対して使用する抗菌薬のスペクトラムが、直接悪さをしていないグラム陰性桿菌や嫌気性菌までカバーすれば、当然患者の正常細菌叢は大きく崩れる。一方、ペニシリンは基本的に黄色ブドウ球菌や連鎖球菌にしかスペクトラムがなく、嫌気性菌活性もないため細菌叢を乱す程度が小さくて済む。したがって、とくに中枢神経系へのペニシリナーゼ非産生株による感染が疑われる場面では、スペクトラムの広い抗菌薬を使用するより、スペクトラムが狭く、髄液移行可能なペニシリンGを使用することは、臨床効果、副作用、耐性菌対策、治療費に対して大きなメリットがある。以上の理由から、ペニシリナーゼ非産生株を同定することは、ペニシリンGで治療できるチャンスを広げるため価値が高い治療戦略と言える。
ペニシリナーゼ産生黄色ブドウ球菌の検出方法
ニトロセフィン法による誘導性β-ラクタマーゼ試験が行われる。
誘導性β-ラクタマーゼとは特定の抗菌薬に曝露させた菌株を用いた検査方法で、ブドウ球菌のペニシリナーゼ検査にはオキサシリンまたはセフォキシチンディスクの周辺の菌苔を用いて、ニトロセフィン法で検査することが推奨されている。なお、この方法でも検出できないペニシリナーゼ産生株が存在しており、検査にはβ-ラクタマーゼのblaZ遺伝子検出が必要となる。
<ニトロセフィン法>
ニトロセフィンはβ-ラクタマーゼにより開裂すると発色する性質がある。
(1) 滅菌シャーレにニトロセフィンディスクを1枚置く。
(2) 滅菌精製水1滴をディスクに浸透させる。
(3) 新鮮培養菌をツマヨウジの先に取り、先のディスクに塗布する。
(4) 5分後に菌の塗布部分が赤変すれば陽性、無変化の場合は陰性と判定
<誘導性β-ラクタマーゼ試験>
オキサシリンまたはセフォキシチンディスクの阻止円縁に発育した菌を使用し
てニトロセフィン法で1時間後に判定
参考文献
レジデントのための感染症診療マニュアル 第2版 青木 眞 医学書院
臨床微生物検査ハンドブック 第4版 小栗豊子編集 三輪書店
INFECTIOUS DISEASE 7th edition Gerald L. Mandell、John E.Bennett、Raphael Dolin
感染症999の謎 岩田健太郎編集 メディカル・サイエンス・インターナショナル
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