先日、ティアニー先生(LT)とお話していたら、本書は自分が書いた中で一番よい本だと思う、とおっしゃっていた。LTはCurrentやThe Patient Historyなど何十という本を執筆している。では、なぜ本書なの?と尋ねると、「他の本には類書があるが、本書には類書がないから」だそうだ。なるほど、と思う。
いろいろな出版社のいろいろな編集者が「本を出してくれ」「雑誌の特集を監修してくれ」と依頼してくるが、お断りすることは、わりと多い。その最大の理由は「どこかで誰かがすでにやっていること」だからだ。すでに誰かがやっていることを繰り返すのは、時間の無駄である。特に雑誌の特集は読まれる寿命が短いので、労力と効果のバランスはとても悪い。「誰もやっていない企画」こそが、やりたい企画である。
ティアニーのレクチャーは日本だけでなく、世界的にも高い評価を受けている。驚くのは、天才的なダイアグノスティシャンの彼が、基本に実に忠実なことだ。病歴聴取も、身体診察も、鑑別のあげ方も愚直といえるくらい丁寧で、徹底している。経験値の少ない研修医ほど、そういうプロセスを「はしょる」。普通は逆であるべきはずなのに。
医学生や初期研修医に心音を聞かせても、たいてい間違っている。I音とII音の区別もついていない場合も多い。後期研修医、指導医クラスだとどうか、、と いうと、こちらも実は、怪しいことも多い。基本をすっ飛ばして応用に飛びついてしまうからだ。それも間違ったやり方で(腫瘍マーカーをルーチンで診断に 使ったり)。
研修医がはしょりがちで、LTが決してはしょらない部分。本書は、その丁寧な身体診察の講義本である。ライブ講義の本は日本では多くないが、もっともっと出てもよいと思う。西條さんの質的研究本からそう思っている。そのためにはライブが本にするに値する内容を担保している必要は、あるけれども。
本書の行間には、LT本らしいパールが詰まっている。心音も神経症状も「真似してみる」というのは会得のとてもよい方法だ。本書は教育方法を学ぶ本としても活用可能である。
本書に近い本では、ConstantのBedside cardiologyがあるが、あれは音そのものを拾えない。サパイラはよいけれども、読むのは大変(ほんと)。学生、研修医は本書から入るのが、手っ取り早いと思う。丁寧に読み、丁寧にCDを聞くのが大事である。
本書の内容は極めて基本的である。そして、本書の内容を全部把握してしまっている臨床医には本書は不要である。当たり前だ(どの本でもそうですね)。でも、そういう医者は実はとても少ないとぼくは思う。そう信じつつも、行間を見落としているケースは多々あるとしても、だ。そうでなければ、これほど日本で心内膜炎が見逃されていたり、意識消失発作で「まずCT」になったり、胸痛患者で心電図だけ見て「うちじゃないよ」と循環器医が診療を拒否したりするケースが蔓延するはずが、ないのである。
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