レジデントノートのスピンオフ本なんて、マチュアな指導医の俺様が手に取る本じゃねえよ、と思っておいでのあなた。そんなことないんですよ。林先生のStep Beyond Residentシリーズなんて、指導医クラスが読んでも十二分に読み応えがあります。
そんなわけで、本書をオススメする順番は、指導医、検査技師、研修医、学生、その他である。筆者の目論見とは違うかもしれないけれど。理由は、今から説明する。
実は、最近よく受けている相談は格差問題である。研修医と指導医の格差。感染症の勉強をする研修医が増えたものだから、勉強不足の指導医が「最近の研修医は経験もないくせにやれサンフォードにはこう書いてあるとか言いやがって。いいからさっさとCRP測ってペコポコシン出しとけよ、けっ」と切れてしまうのである。で、研修医は一人悶々と悩むのである。こういう悲しい理由で研修医を困らせてはいけないよ。
ハリソンではもっともページを割いている感染症領域だが、日本ではマイナー以下と考えられている。内科専門医試験でも「いちばんついで」の扱いだ。クダラナイ議論よりもそっちのほうが問題だろ、、、いや、こっちの話。
感染症は日々遭遇する現象だ。「あなたの」専門領域がそうであるように、感染症領域も日々進歩している。あなたは、10年前のやり方で病気を診断し、10年前と同じ治療はしないでしょ。それでなくても日本の医者は新しい検査、新しい薬が大好きなのに。感染症だけ「おれが研修医の時はこうしていた」が通用すると信じる根拠はどこにあるのだろう。10年前とは違うやり方をアップデートするのは当然ではないか。
というわけで、ぜひ本書を指導医におすすめしたい。日本で一番上手に感染症を見ている沖縄からの本だ。実を言うと、本書の内容は非常に古典的なのだが、本土の指導医の多くにとっては「斬新な」内容なはずだ。21世紀の人が初めてビートルズを聴いた時のように。
本書は、とてもよくできた本だと思います。巻頭の藤田先生の言葉にもあるように、「沖縄県は日本で最もグラム染色が実施されている県」(いや、世界一?)なのだが、その経験値と教訓が本書に散りばめられている。
グラム染色の写真がたくさんあって綺麗な本は他にもある。「これが肺炎球菌です」「これが淋菌です」。でも、それがどのような患者にどのように用いられ、そして診療にどう役立てられるかはなかなか書かれていない。「グラム染色はこうやって染めます」だけではなく、「感染症診療におけるグラム染色の位置づけ」が書かれている本はそう多くはない。そこが書けるのは、臨床医がバリバリグラム染色をし、そして診療に活用している沖縄のドクターならではのことだろう。そんなわけで、グラム染色の技術そのものに精通した検査技師さんが読んでも、とてもおもしろい本であるとぼくは思います。
本書には「検査の先にあるもの」が、検査技師さんの技量がどのようにベッドサイドで活かされているのかが、示されている。これが見えている、示されている技師さんとそうでない場合では、たとえ技量が似ていても全然医者へのフィードバックが変わってくる。真の検査技師さんは医者を教育する(微生物検査を外注にするのが好ましくないのも、そのためだ。外注先からは、会社にもよるが、平べったい「検査結果」しか返ってこない)。
本書は「アトラス」的、グラム染色で見えるもの「そのもの」だけでなく、その前後、その周辺をよく見ている。そこが実に大事だとわかっているのは臨床的な教科書だ。そこで、「適切な検体をとる重要性」が繰り返し強調される。意味のない検体であれば、どんなに綺麗に染めてもそれは意味のない情報だからだ。沖縄の研修医たちはこういう教訓を耳にたこができるまで繰り返し教えられる。喀痰塗抹の作り方が丁寧に写真付きで解説されているのも、初学者がここでつまづき、困ることが多い体験を反映している(たぶん)。
「グラム染色マンセー」にならないことも重要だ。「グラム染色の限界」を知ることも本書には書かれているが、これは喜舎場御大が繰り返し我々におっしゃっていたことでもある。もちろん、それはグラム染色の価値を少しも貶めるものではない。真の心電図読みは心電図の限界を知っているのと同じ事だ。「何が見えて何が見えないのか」「見えそうなのに見えないのはなぜか」「見えないときは何が考えられるのか」は重要な教訓だ。「見えない」ことがときに「見える」になることがあるのだ。
経験の乏しい外科医が対応した場合は皮膚所見が軽微である事を理由に手術を躊躇することがあるため、できるだけ経験のある上級医へのコンサルトするのが望ましい(119p)
も、「そうだよね」と思わず頷いてしまう臨床的なセリフである。
本書にはペストもジフテリアも出てこないが、そういうエンサイクロペディアな本ではないからだ。やってる人は、「うんうん」うなづき、やってなかった人は、目からうろこの情報ばかり。ぜひご一読あれ。
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