「循環器医が知っておくべき漢方薬」を読んで
神戸大学 感染症内科 岩田健太郎
ぼくは漢方修行中の身なので、本書について書評を書くなんてなんておこがましい限りなのだが、大学の先輩である田邊先生、北村先生のご依頼とあらば断るわけにもいかない。僭越ながら、少し書きます。
とはいえ、そもそもこういうスタイルの教科書は「漢方なんて知らない」という人たちに対して放たれたメッセージである。ぼくのような修行中の医者こそがど真ん中のメッセージの受け手である。ビギナー向けの教科書を書くと、「あんまり詳しく書いていないので俺様には物足りない」という書評をいただくことがあるが、それはメッセージの出し手と受け手のミスマッチなのである。「俺様の偉さ」をなにげに宣伝しているだけなのかもしれないけど。
そんなわけで、本書がビギナー向けの漢方指南書としてどうか、という点はぼくはある程度論ずる資格があろう。
本書は病名からアプローチする漢方の教科書である。「高血圧」「不整脈・動悸」といった循環器医になじみのあるカテゴリーから入り、さらに「高血圧に伴うのぼせ」といったより深いテーマに入り、さらに「比較的体力のある、、」というより漢方チックな表現に落としこんでいく。ビギナーとしてはアプローチしやすい構成だ。西洋医学的な診断と「証」の関係は悩ましいところだが、患者に起きている現象「そのもの」は同じであり、構造主義的に言えばその分類の仕方は恣意性の違いにほかならない。だから、このようなアクロバティックな操作は可能になる。
患者の訴える「動悸」の多くは不整脈ではなく、「ドクン、ドクン」と強く打つ感じである。この感覚「そのもの」に対する西洋医学的なメディカルタームはなく、また治療も不可能である。下腿浮腫はあっても心不全でもなく、その他の疾患もない、「なんとなく浮腫」な患者も外来ではよくくる。ラシックスを使うのもなあ、というときによりマイルドに使える利水剤は大きな武器だ。こういう「すきま」に漢方薬が活用できるのは素晴らしい。降圧薬の副作用に対応するための漢方、という応用方法もきめ細やかで、素晴らしい。こうして見ると、漢方薬って本当によく気がつくイイヤツ、というイメージですね。
循環器系の治療戦略は堅牢なもので、ここを漢方薬そのものがひっくり返すことは稀だ。しかし、堅牢なシステムには様々な隙間があり、ここをほったらかしておくと患者には不満が残る。その「隙間」を綺麗に埋めてくれるのが、ユーティリティー・プレイヤーとしての漢方薬だ。そのきめ細かさが、患者さんの満足度を上げてくれる。「検査は正常でした」で突き返すのではなく、「こういう漢方で治療出来ますよ」というよりポジティブな回答を提示できるのだから。
本書は堅牢な循環器の世界にきめ細やかさを提供するものである。外来診療をより豊かにするために、ぜひご活用いただきたい。
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