注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
Fingolimodについて
<多発性硬化症とは>多発性硬化症(MS; multiple sclerosis)とは、中枢神経系に脱髄病変が空間的時間的に多発し、それらに基づく多彩な症状が増悪寛解を繰りかえす疾患であり、分類としては急性増悪型や、数回のAttackがある再発寛解型などがある(1)。薬剤治療として、急性増悪型に対してはステロイドが標準治療であり、再発寛解型多発性硬化症(RRMS: Relapsing/remitting MS)に対しては日本ではIFN-bが標準治療であるが、Glatiramer acetateやFingolimodの使用も考慮される。
<Fingolimodとは>Fingolimodは、MSの長期的な再発予防と進行予防に効果があるとされている薬である。海外ではアメリカ、イギリスを含む多くの国と地域で承認されている。 国内では2011年9月に製造承認を取得した(2)。長期的な再発予防進行抑制治療として、日本でMSに適応があるのは、それまでIFN-b製剤のみであった。IFN-b製剤を使用するには自己注射を行わなければならなかったが、Fingolimodは経口投与が可能な製剤であり、容易に服用できるようになった。Fingolimodの使用症例は今後増加すると予想できるが、承認時までに多くの副作用が報告されており、特に感染症に関しては、死亡に至る症例も報告されている。今回は、Fingolimodと、その副作用としての感染症との関係に着目して考察した。
<Fingolimodの薬理機序>Fingolimodは冬虫夏草の一種であるIsaria sinclairii由来の天然物であるマイリオシンの構造変換により得られた化合物である。リンパ球はリンパ節などの二次リンパ組織、リンパ管および血管を循環しており、二次リンパ組織からのリンパ球の移出には、スフィンゴシン1-リン酸(S1P)受容体が重要な役割を果たしている。S1Pの濃度は血清中と比較し、二次リンパ組織内では低濃度で、血液と二次リンパ組織の間に濃度勾配が形成されており、二次リンパ組織ではS1P濃度が低いことから、S1P受容体を発現しているリンパ球はS1P受容体にS1Pが作用しやすくなるようにS1Pの濃度勾配に従って二次リンパ節から末梢血に「移出」される(3,4)。フィンゴリモドは生体内で速やかにリン酸化され、リンパ球上のS1P1受容体の内在化を誘導する機能的アンタゴニストとして作用し、リンパ球のリンパ節からの移出を抑制することで、末梢血リンパ球数が減少する。このような作用機序により、フィンゴリモドはMSの末梢血リンパ球に含まれる自己反応性T細胞の中枢神経系への浸潤を抑制することにより、MSの再発抑制効果を発現すると考えられている(5)。
<Fingolimodの有用性>2010年に報告されたTRANSFOMSは、1153名のRRMS患者を対象とした、Fingolimod 1.25 mg、0.5mgをIFN-b1aと比較した12か月にわたる二重盲検のRCTである。一次エンドポイントは、年間再発率(ARR: Annualised relapse rate)であり、二次エンドポイントはMRIでの新規もしくは増大したT2強調像での病変と身体障害の増悪である。結果として、ARRに関しては、Fingolimod 0.5 mg(0.20 95%CI, 0.12-0.21)、1.25 mg(0.16, 95%CI, 0.12-0.21)投与両群の方が、現行の治療薬であるIFN投与群(0.33, 95%CI, 0.26-0.42, P<0.001) と比較して低かった。MRI所見も同様にFingolimod投与群がIFN投与群より優れていた。しかし、身体障害の進行には有意差を認めなかった(6)。同2010年に報告されたFREEDOMSは、24か月の1033名のRRMS患者を対象とした、Fingolimod 1.25 mg、0.5mgをプラセボと比較した二重盲検RCTである。エンドポイントはTRANSFORMSと同じであり、TRANSFORMSと同様に、Fingolimod投与群においてARRを有意に減少させた。さらに、身体障害の進行も減少させた(7)。この二つのRCTから、Fingolimodは現行のIFNよりもRRMSに対して有効であると分かる。このような経緯により、FDAは、Fingolimido 0.5 mgをRRMSの治療薬として承認している(8)。しかし、新規治療薬のため、長期間の安全性についてはまだ確立されていないことが問題点である。
<Fingolimodの有害事象>Fingolimodはリンパ組織からリンパ球の中枢神経系への浸潤を可逆的に制御し、容量依存的に末梢のリンパ球数を20-30%減少させる。そのため、Fingolimodは感染のリスクをあげる。まず、実際にTRANSFORMSとFREEDOMSで起こった感染症の有害事象をあげる。TRANSFORMSでは、死亡例が2例認められており、2例ともFingolimod 1.25 mg投与群である。1例は原発性の播種性帯状疱疹(Disseminated primary varicella zoster infection)が原因あり、MSの再発時にcorticosteroidにて治療中に発症したものである。もう1例は、単純ヘルペス脳炎(Herpes simplex encephalopathy )が原因であり、Fingolimod治療後339日目に生じたもので、はじめMSの再発を疑われ経静脈的メチルプレドニゾロンが開始され、その後一週間遅れて抗ウイルス薬が開始されたが、2か月後に亡くなった。他の感染症として、上気道感染、インフルエンザ、尿路感染症、ヘルペスウイルス感染症があげられるが、ヘルペス感染症を除いた感染症では、Fingolimod 1.25mg、 0.5 mg両投与群とIFN投与群の間に有意な差はなかった。さらに、ヘルペス感染症に関しては、Fingolimod 1.25 mg投与群(5.5%)、0.5mg投与群(2.1%)、IFN投与群(2.8%)とFingolimod1.25mg投与群に多く感染を認めた。FREEDOMSでは、重大な感染症は、尿路感染症が2例Fingolimod 0.5 mg投与群で認められた。他の感染症として、TRANSFORMSと同様に上気道感染、インフルエンザ、尿路感染症、ヘルペスウイルス感染症(oral herpes, herpesvirus infection, herpes simplex virus infection, herpes zoster, genital herpes and herpes dermatitis)が認められたが、これらはプラセボ投与群の頻度とほぼ変わらなかった。しかし、気管支炎、肺炎といった下気道感染症では、プラセボ投与群が6.0%であったのに対してFingolimod投与群で(1.25mg、0.5mg:11.4%、9.6%)と増加を認めた。最後にFingolimod 0.5 mg投与時の非感染症の有害事象を紹介する。10%の頻度を超えるものとして、頭痛、全身倦怠感、肝酵素異常、背部痛、下痢、咳があった。5%-10%の頻度のものとして、めまい、吐き気、色素性母斑、感覚異常、関節痛、四肢の痛み、呼吸困難、口腔咽頭痛、高血圧、高脂血症、抑うつがあった。1%-5%の頻度のものとして、発熱、筋肉痛、好中球減少、リンパ球減少、除脈、房室ブロックがあった。除脈、房室ブロックに関しては、死亡例がポストマーケティングで発見され、心機能低下の患者に対してのFingolimod投与は禁忌となった。
<まとめ>副作用を感染症に限定して考えるのならば、Fingolimod 0.5 mg投与であれば、IFN群やプラセボ群と比べてもリスクは上がらないと考えた。しかし、Fingolimodには免疫機能を低下させる作用があることから、ヘルペスウイルスを再活性化させる可能性はある。Fingolimod 1.25 mg投与群では死亡例も認められるため、Fingolimod使用の際にはこのような有害事象の可能性を頭の片隅に置いておくことが大切であると考える。
参考文献
(1) Dan L. Longo, et al. Harrison’s Internal Medicine 18th edition.
(2) 厚生労働省HP http://www.mhlw.go.jp/ (accessed Nov 1, 2012)
(3) Matloubian M. Lo CG, Cinamon G, et al. Lymphocyte egress from thymus and peripheral lymphoid organs is dependent on S1P receptor. Nature 2004;427(6972):335-360
(4) 菅原邦夫、千葉 健治.Industrial Inf. フィンゴリモド(FTY720),スフィンゴシン1‐リン酸受容体調節薬.細胞2010;42(1):20-24
(5) Brinkmann V. FTY720 (fingolimod) in multiple sclerosis: Therapeutic effects in the immune and the central nervous system. Br J Pharmacol 2009; 158(5):1173-1182
(6) Cohen JA, Barkhof F, Comi G, et al. Oral fi ngolimod or intramuscular interferon for relapsing multiple sclerosis.N Engl J Med 2010; 362: 402–15.
(7) Kappos L, Radue EW, O’Connor P, et al. A placebo-controlled trial of oral fi ngolimod in relapsing multiple sclerosis. N Engl J Med 2010; 362: 387–401.
(8) US Food and Drug Administration. Gilenya prescribing information, 2011. http://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2011/022527s002lbl.pdf (accessed Oct 30, 2012).
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