北里大学北里生命科学研究所の中山哲夫氏が、ワクチンの同時接種に慎重な意見を表明しています。同時接種の安全性に吟味が十分ではない点、欧米で行なっていること「そのもの」を日本で行う根拠にしてはいけないという点はそのとおりで、氏の論考は傾聴に値するものだと思います。
http://medg.jp/mt/
それを踏まえて若干の反論もありますので、ここで述べさせていただきます。
氏は北里研究所でワクチンを開発・製造し、市販後調査を行い、インフルエンザワクチンなど2億もの販売を行なってきたが、死亡例は一例もなかったといいます。そして、それを根拠に有害事象が発生した同時接種に安全性の懸念を表明しています。
しかし、私はむしろ逆に、これまで「一例もなかった」ことが不自然だと考えます。
肺炎球菌ワクチン、ヒブの同時接種後に死亡例が出ていますが、その原因の一つに乳幼児突然死症候群(SIDS)や感染症の発症が考えられています。
厚労省によると、SIDSの発症率は日本で出生4000あたり1人。日本では毎年100万人くらいの赤ちゃんが生まれていますから、ざっと考えると毎年250人くらいの発症になります(SIDSの発症は生後2ヶ月から6ヶ月に多いので、概算ですがそう外れた数字ではないと思います)。平成19年においては158人の赤ちゃんがSIDSで死亡していますから、その死亡率はかなり高いものです。2,3日に1人はSIDSで亡くなっている計算になります。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/sids.html
予防接種に詳しい方には周知のことですが、ワクチン接種後の死亡報告は「ワクチンを打った後に死亡した」という意味で、「ワクチンを打った『から』死亡した」という意味ではありません。他の原因で死亡する可能性だってあるわけです。中山氏が外国のデータを引用して、「10万人に0.2〜0.5人」の死亡は決して少なくないと述べています。それが「ワクチンが原因で」死亡した場合はそうかもしれませんが、因果関係が明確でない有害事象のデータでは、この数字のみでワクチンの安全性をどうこう断ずることは困難です。
さて、2億も予防接種を行い、その後の「有害事象」として死亡例が「ゼロ」というのはSIDSの発症を考えてもかなり不自然なことと私は考えます。SIDS以外の病気、例えば感染症のリスクなどを考えると、さらに不自然になります。
私は感染症の専門家ですが、「院内感染が起きていない病院」「耐性菌が出ていない病院」というのは一番恐ろしい病院です。ハザード・ゼロとは、ハザードが本当に起きていないのではなく、きちんと報告されていない可能性が高いからです。犯罪ゼロの国が仮にあったら、そこはおそらく警察がきちんと仕事をしていないのです。2億もワクチンを打っていて有害事象たる死亡例がゼロというのはあまりに不自然です。調査が十分ではなかったと考えるのが普通です。
アメリカの予防接種後の有害事象報告システムですら、underreporting、報告漏れの存在が指摘されています。
https://vaers.hhs.gov/data/index
主治医が予防接種との関係性を想起しない場合、有害事象として報告がされない可能性は十分にあります。肺炎球菌、ヒブ共に(不幸なことに)日本では比較的新しいワクチンで、同時接種も新しい概念でした。有害事象報告に対するインセンティブは従来のワクチンに比べて高いのは当然です。
また、今回の同時接種後の死亡例では基礎疾患があった方が3名いました。これまで日本では基礎疾患のある患者へのワクチン接種にはとても消極的でした。ワクチンの副作用のリスクを恐れたからですが、それは同時に感染症に弱い基礎疾患を持つ患者が感染症に苦しむことを看過する態度でもありました。このように、「副作用が起きなければ、感染症で苦しむのも仕方がない」態度のために、日本ではワクチンによる副作用は起きにくかったのです。それが全体としては、子どもの健康、幸せには寄与していなかった可能性が高いのですが。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000167mx-img/2r985200000167oe.pdf
同時接種について、これからもデータを集積していくことは私も大事だと思います。しかし、中山氏が述べる、「これまでの日本のワクチンは単独接種でよかったのに」という論拠は、上記の理由で弱く、説得力を欠くものなのです。
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