2011年3月11日の東日本大震災から早くも1年が経とうとしています。あのときのことが昨日のことのように思われますし、同時に(奇妙なことですが)はるか昔の出来事のようにも感じられます。
さて、日本の、そして世界の多くの人たちがあの震災を受けて「何かできることはないか」と考えました。私たちも当然同じように考えました。本書の執筆者のほとんどは神戸大学か東北大学に所属しています。被災体験のある地域に住む医師として、「何かできることはないか」と気持ちが前のめりになることを抑えることはできませんでした。筆者の多くが医療支援などに従事し、何らかのお手伝いをしてきました。
さて、現地ではたくさんの災害ボランティア、被災地支援を行う方達の姿を見たのですが、意外にも自分たちの健康管理については無頓着なケースが多いことに気がつきました。必要な健康管理を怠っていたり、病気になっていても「被災者のために」と我慢してがんばっている人もいました。その精神は素晴らしいのですが、被災地で倒れてしまってはかえって被災者の皆さんにとってもありがた迷惑となりかねません。好意が仇になるようなことは、できれば避けたいところです。
さらに、「災害ボランティア」について書かれている本を集めて調べてみると、ボランティアの健康管理について詳しく書かれているものはほとんどないことが分かりました。あったとしても、わりと一般論的で具体的で(被災地という制約条件下の)現実的な内容は、少なくとも私たち医療のプロの目から見るとちょっと足りないな、と感じられました。
そこで、私たちは「何かできることはないか」と考えている人たちのために「何かできることはないか」、考えました。医師としてできることは、現場での診療だけではないはずです。「後衛の位置から」できること。その模索の結果がこのマニュアルです。
被災地には、ふだん私たちが空気か水のように当たり前にあると信じている医療のサービスが少しも当たり前ではありません(というか、その「水」も当たり前ではありませんね)。通常の医療のスペックがない、という前提で医療のことを書くのは結構大変でした。そういうことはあまり教科書には書いていないからです(教科書には理想的なスペックが十全にあるという前提で診断はこうして、治療はこうと書いてあるものです)。
ですから、私たちは自分たちの専門的知識に加え、想像力と工夫を駆使してできるだけ現場に寄り添った情報提供ができるよう務めました。クロード・レヴィ=ストロース言うところの「ブリコラージュ」です。手持ちの有り合わせの材料で最良の結果を出す。災害ボランティアの健康管理を考えるとき、こういうものの考え方が大事だと思いました。
災害ボランティアは完全にリスクフリーというわけにはいきません。リスクを完全にゼロにしたかったら、ボランティアに行かないというのが最良の選択肢です。でも、それでは意味がありません。
私たちがここで提供する情報はしたがって、みなさんの健康リスクをゼロにはしてくれません。しかし、そのリスクを理に適った程度に(リーズナブルに)減らしてくれることを目指しています。どうか本書が災害ボランティアの皆さんにとってお役に立つものでありますように。そして、それがゆくゆくは被災地の皆さんにとっての利益となりますように。
監修者一同
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