カラー写真と症例から学ぶ小児の感染症 Frank E. Berkowitz, 青柳有紀訳
いや、久しぶりにすごい本に遭遇してしまった。前のめりになって一晩で読破してしまった。一度しか読んでいないのにこんなことを言うのは何だけど、何度も読み返すべき良書である。通常、こういう本は複数の医師によって共訳されることが多いのだけど、青柳先生が一人で訳しきりたくなった気持ちがよく分かる。
本書の最大の特徴は、筆者が実際に経験した症例がベースになっていることである。著者のFrank E. Berkowitz教授は長きにわたる南アフリカ共和国と米国での診療経験を持つ。その間、コモンな病気をたくさん診、そしてときにまれな疾患・病態・微生物にも遭遇してきた。Berkowitz氏は言う。「馬と同時にシマウマについても考えよ。なぜなら、馬かシマウマかどうかは、君がどこから来たかによるのだから!」(本書2ページ)。この「どこ」の意味する所は、本書を読み進めていくと次第に明らかになる。細菌性急性咽頭炎のような日常よく遭遇する疾患から、(米国では珍しい)麻疹、オンコセルカ症、「鼻から虫体」(!201ページ)など多様な症例がカバーされている。経験値がもたらす、さりげない、しかし含蓄深いコメントがまた渋い。
「限局性のリンパ節腫脹と全身性疾患の証拠に関連した感染症には、ネコひっかき病(cat-scratch disease)、野兎病(tularemia)、およびペストが含まれる。ペストは顕著な毒性に関連し、肝脾腫は伴わない」(140ページ)
というセリフは相当の経験値がなければでてこないものだ。
病態生理にも詳しい。
「したがって、この疾患は加熱が不十分なブタ肉を摂取することによって起こるのではなく、加熱が不十分なブタ肉を摂取したヒトの糞便(またはこうした糞便に汚染された食物)を摂取することによって起こる疾患である」(有鉤嚢虫症について、190ページ)
というさらりとした文章が本質をつく。
「股関節に痛みを訴える患者においては、股関節内部(中略)、股関節周囲の骨(中略)、または下背部の骨および軟部組織(中略)、骨盤腔内部(中略)および股関節周囲の神経に関連する疾患を考慮する(中略)。この患者は股関節の屈曲および伸展は可能なものの、回旋が不可能であることから疾患部位は股関節内ではなく、むしろ臀部域の圧痛から臀筋内部の疾患の可能性が示唆される。(中略)この状況において行うべき具体的な臨床検査に直腸診がある」(294ページ、骨盤内膿瘍症例について)
などは、読んでいてドキドキしてしまうくらいだ。
タイトルが示唆するように、豊富なカラー写真も魅力である。ぼくのような経験値がまだ不十分な医師が見たこともない写真も多い。先天梅毒の鼻汁とはこんな感じか、と初めて写真を見て納得した(130ページ)。
症例提示が極めて臨床的で、診断がついていない時点での鑑別診断や「判断」を前向きに示しているのも素晴らしい。診断がついてからの後知恵的な記載ではないのだ。だから、確定診断がつく前の判断についての言及も多い。新生児の「敗血症」に対して、「B群レンサ球菌、リステリア菌、および腸内桿菌に対して有効な抗菌薬による治療をただちに開始」し、「貧血」に対して「貧血の原因が特定される前に」「輸血の準備」をさせる(258ページ)。著者が極めて臨床的な視点で患者と疾患に向きあっているのがよく分かる。多くの教科書で軽視されがちな対症療法を「最も重要」と断言しているのも極めて臨床的だ(6ページ)。本書を読むことで初学者は「○○病」について学ぶのではなく、「こういう患者」をどう考え、どう対応すべきなのかを具体的に体得できるだろう。本書の構成は単なる症例報告の羅列ではなく、実地診療のシミュレーションにむしろ近い。
端々にある茶目っ気も気に入った。よく誤解される所だが、茶目っ気は「まじめさ」(とそれに伴う含羞)がもたらすものである。日本の専門家にはこのようなユーモアを嫌う向きもあるが、それは誠実からくるのではなく、定型にとらわれすぎて徹底的にまじめになれなかったが故である。「グラム染色の唄」(7ページ)とか「肝炎の唄」(16ページ)なんてとことんまじめな感染症医でなければ出てこないアイディアである(オリジナル?)。グラム染色や便のメチレンブルー染色の重要性を強調しているのも古き良きアメリカの感染症医らしくてぼくは好きである。寄生虫の生活感や細菌のグラム染色による分類、脾機能低下のもたらす病態を説明した手書きのイラストも素敵だ。麻疹(measles)の語源がラテン語の「悲惨」(misellus)であり(19ページ)、チフス(typhus)がギリシア語で「昏迷」を意味する(147ページ)といった蘊蓄も嫌味にならない。
本書は臨床家にとってのページターナーである。速く先を読みたくなる動的なドライブがかかる。前のめりになって読むべし、である。
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