アメリカで臨床研修を行うためには、日本の医学部を卒業したうえでUSMLEの各試験を合格し、ECFMG certificateを得る必要がある。ところが、聞くところによると、将来日本の医学部のほとんどは、このUSMLE受験基準を満たさなくなり、アメリカ臨床留学への道が閉ざされてしまう可能性が高いのだという。というわけで、日本の医学部は慌ててアメリカの基準を満たすべくあれやこれやのシステム変更を、、、、
なんか、変な話である。
アメリカという国は自由の国という側面を持つ反面、了見の狭い国という側面も持っている。自分の価値観(アメリカ的な価値観)はいっさい許容しない、、、という面も持っている。
が、長い目でみると、このような狭量さはアメリカのためにもなっていないのではないかと思う。
黒川清先生のグローバリズム論に(悪いけど)僕はあまり賛成しないのだけど(すみません)、彼の言う「混ざる」ことが大切だというのは本当だと思う。混ざるというのは異なる価値観、異なる技術、異なるバックグラウンド、異なる世界観が「混ざる」ことである。アメリカの医療環境が面白いのは、いろいろな世界の人たちがやってきてアメリカの医療世界に参画してること、そのことが面白いのだと僕は思う。アメリカ留学の価値についてよく質問されるけれど、その最大の価値は、アメリカのあれやこれやのアセットそのものよりも、日本の中にいると体感できない「違い」を体感でき、ものごとを相対視できることそのものが価値なのである。少なくとも僕はそう思う。
アメリカにいたとき、イランで医学を学んだレジデントがいた。彼は教科書をたくさん買う余裕はなく、海賊版のハリソンだけを教材にしていた。5回読破しており、ハリソンに書いてある内容はページ数含めたいてい把握していた。アメリカ人の医師はリソースがもっとあるし、「効率良い」勉強を是としているからハリソンを暗記するような、5回も読破するような面倒くさいことをする人はごく少数派である。でも、そこにそのような変なイラン人が「混ざる」から面白いのである。どちらがよいという話ではない。いろいろな勉強の仕方をしたいろいろな能力を持つ人がいるからこそ、面白いのである。
しかし、もしアメリカが各国医学部に「アメリカのように医学生を教えよ」と半強制的に強要し、同じシステムで同じように育てた医師をFMGとして集めてしまえば、そこには同じ価値観を共有する等質な集団ができるだけである。どんなに優秀であっても、等質なメンバーだけの集団が質の高い集団にならないことは歴史が教えている。ベトナム戦争時代のベスト・アンド・ブライテスト、みたいに。
イチローがもしアメリカ流の野球のノウハウを熟知しないと大リーグ参加まかりならん、ということになれば、彼は大リーグでは活躍できなかったであろう。日本の野球を貫いたからこそ、異質なイチローは大リーグで光ったのである。なでしこジャパンは世界で活躍する。彼女達は、世界の構造を知り、自らの属性を知り、アメリカやドイツのマネをするのではなく、アメリカやドイツに自分たちのアセットで対抗できる方法を必死で考え抜いた。イチローやなでしこジャパンのようなありかたこそ、「グローバル」なのである。
多種多様な価値観がぐちゃぐちゃ交じり合うからアメリカは面白いのである。その最大のアセットを自ら放棄している今回の判断は、アメリカが自らの質を敢えて落とす結果になることに、どれだけの人が気づいているだろうか。
同様のことは日本も同じである。日本は頑なに外国の医療者を拒んできた。外国人の参入も高いハードルで実質上阻み続けている狭量な態度を保っている。拒む人たちに話を聞くと、一様に「フィリピン人などは入ってくれば質が落ちる」という。狭量とは、ある一つのパターンでしか思考できないことをいう。どうして、フィリピン人が入ってくることで質が高まる可能性を吟味できないのだろうか。一般的に、異質な価値観や視点は我々を成長させることが多い。「○○が入ってくれば質が落ちる」という物言いは、女を入れない男社会の常套句であり、東大とか慶応が他大学卒業者を排斥する言い訳になってきた。南アフリカ共和国におけるアパルトヘイトも同じような構造を持っている。狭量さは、表現形を変えて基本構造を同じくする悪臭を放つ問題なのである。大学病院に優秀なフィリピン人のナースがはいってきたら、既存のシステムにあぐらをかいている多くの日本人ナースは穏やかならぬ気分になる可能性は高い。神戸大学病院でかつてベストレジデント賞をとったきわめて優秀な研修医はたしかマレーシア人であった。
アメリカ式の医学教育を受けていないものは、アメリカの医療に参加することマカリナランという見解は、アメリカの狭量さの表出である。それはアメリカ医療に負の結果しかもたらさない。人間はときに自らの質をあえて低めようと努力する奇妙な動物である。彼らが本当に賢明な判断をとりたいのであれば、「アメリカ式ではない医学教育を受けた医師をぜひうちの国に連れてきてほしい」と欲するはずなのである。
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