数日経ってちょっと落ち着いたのでワールドカップの感想を。
30年サッカーファンでいてこんなに嬉しい体験は初めてだ。決勝戦は3回観た。2回目以降は家事しながらだったけど。これからもまたあの試合を観る機会はあるだろう。ワールドカップ優勝というのは、そのくらい僕の精神を高揚させている。
今回、本当にすごいと思ったのは、日本代表のメンタル・コントロールの素晴らしさだ。それは、単に「根性がある」とか「あきらめない」という俗にいう「精神論」の話ではない。「精神論」は精神の弱い人間の弥縫策に過ぎない。メンタルに弱い人間ほど「精神論」を甲高い声で叫びたがるものだ。かつて僕もそうだったから、つくづくそう思う。
報道では、初戦のニュージーランド戦は調子が出なかったとされているが、初戦でチームをピークに持っていかなかったことは「優勝」をリアルな目標に描いている場合は当然のことである。優勝するチームは予選リーグにチームのピークを持っていかない。むしろのらりくらりと予選を勝ち上がり、準々決勝、準決勝あたりにチームのピークを持っていくのが常套手段だ(だから、ワールドカップは準々決勝、準決勝あたりに名勝負が多い)。そういえば、2010年のスペインもそうだった。
2010年の男子代表は「口では」ベスト4を目標に掲げながら、実際には予選リーグ突破を目指したメンタル・コントロールをとりにいった。だから、初戦のカメルーン戦にチームのピークを持っていった。本当にベスト4を目指しているチームはこういうチームの作り方をしないが、他に選択肢がなかったのである。ご承知のようにカメルーンのコンディションはよくなかった。男子代表は、チームコンディションをピークに持っていき、かつ相手の調子が悪いという条件下でないと勝てないくらいの実力だったのだ。こういうチームは決勝トーナメントでは(残念ながら)勝てない。2002年のホームでのWCもそうで、予選リーグ突破で満足してしまっていた。あのときのふがいないトルコ戦を思い出すたび、日本の男子と女子には決定的なメンタル面の優劣があるのだと僕は思う。
女子代表は、メキシコ戦で快勝して決勝トーナメント進出を決め、次のイングランドでコンディションを落としてしまう。これは計算外だっただろう(ドイツとはやりたくなかっただろうから)。しかし、ここでもう一回チームコンディションを高めることに成功する。イングランドの敗戦を逆手にとったのだ。そのドイツに「奇跡の」勝利を収めて、通常なら満足してしまうところだが、ここから女子代表のどん欲さが表に出る。優勝するチームはとことんどん欲である必要がある。北京でのベスト4という体験がそうさせたのだろう。そして、決勝戦での驚異的な粘り。失点しても落ち込むでもパニクるでも激高するでもなく、淡々と自分たちのサッカーを貫き通したその冷徹なメンタル面の安定さには、本当に驚嘆する。PK戦になった時点で、メンタルには完全に日本はアメリカを凌駕していた。
勝利体験とは非常に貴重な体験だ。男子ワールドカップでも優勝国の数が極めて少ないのは、優勝体験を持ったチームは優勝しやすく、その体験がないチームはとても優勝しにくいからだ。ホームアドバンテージを借りて優勝したイングランド、フランスを除くと、2010年のスペインまでは「同じ国」だけが優勝を重ねてきた。ウルグアイ、イタリア、ドイツ、ブラジル、アルゼンチンの5カ国だけである。女子代表がホーム国でないのに優勝したことは、極めて極めて貴重な体験なのである。アメリカ、ノルウェー、ドイツとともに、貴重な希少な「優勝経験国」になったのである。このことの持つ意味は極めて大きい。
追われる立場になり、短期的には日本女子代表の未来は明るくない。ほとんどアマチュア同然の扱いを受けていたのに急にスターになり、メディアの扱いも大きくなる。下らない番組に出演を強いられて練習量の確保も困難になる。持ち上げられて「勘違い」する選手も出てくるかもしれない。どうでもよいことでバッシングもされるだろう(もうされている)。持ち上げてから叩くのがメディアの常套手段なのだから。嫉妬やらなにやらの感情面の問題も出てきて、チームワークの維持も難しくなるかもしれない。なにより、アメリカもドイツも次に日本とやるときは何がなんでも勝ちに行くはずだ。その「むきになった」相手をさらに凌駕しなければならない。ロンドン五輪の優勝は今回よりもさらにハードルが高い。
それでも、優勝国になったという体験は長期的には日本にもたらした価値は限りない。サッカーを始める女子は増え、選手層は厚くなる。「勝った体験」は選手に、組織に、協会に未来永劫残り続ける。ウルグアイが人口300万人しかいないのに未だにサッカーの強豪なのにはいろいろ理由があるが、「優勝体験」もその理由の一つだと僕は思う。あんなに昔の話なのに、である。南米ではアルゼンチンとブラジルとウルグアイはいつも別格なのである。コロンビアもベネズエラもペルーもパラグアイも、彼らとはいつも精神的に分断されている。日本女子サッカーの未来は、長い目でみると明るい。
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