11月10日の朝日新聞オピニオン記事、「臨床試験を考える」の福島雅典氏と朝日新聞に対する反論です。以下、許可を得て転載します。ご覧ください。手続き論を不当に非難して物事の本質をみないマスメディアの報道の構造はアシネトバクターの時と同じである。ただ、あのときはメディアは医療者の批判に呼応したが(謝罪はしなかったけど)、今回の朝日は居直っている。メディアに間違えるな、とは言わないが間違いを頑迷に認めないで問題の本質をすり替えるのは許されない。
捏造報道の正当化・議論すり替えを図る朝日新聞
医療報道を考える臨床医の会 http://iryohodo.umin.jp
発起人代表 帝京大学ちば総合医療センター 教授 小松恒彦
11月10日に朝日新聞朝刊17面オピニオン欄に、「臨床試験を考える」と題する記事が掲載されました。これが、10/15、10/16の記事に寄せられた多数の抗議への朝日新聞社の公式回答だとするならば、朝日新聞社は我が国の臨床試験に参画される患者さん・がん臨床現場に対し与えた悪影響を全く反省していません。当該記事の誤りを認めることなく、臨床試験の制度論へと議論のすり替えを行っているからです。
我々はここに再度抗議を表明し、当該記事の訂正・謝罪、同社のガバナンス(組織統治)体制の再構築を求め、署名募集を継続いたします。
10月27日の署名開始以降、2週間で2700名を超える皆様からのご署名をいただいております。署名は朝日新聞社の社長及び『報道と人権委員会』(社内第三者機関)に提出いたします。
【1】論点のすり替え
10/15、10/16の朝日新聞は、1面、社会面、社説で大きく報道し、東大医科研を糾弾しました。東大医科研は2008年10月に生じた消化管出血を、臨床試験を実施する他機関に伝えず隠蔽していた、他機関関係者が「教えて欲しかった」とコメントしていた、何故他施設に知らせなかったのか、というのが内容の骨子で、以下のように「重篤な有害事象」の「隠蔽」を行ったような印象を与えるものでした。
10/15朝刊1面
「患者が出血」伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン 東大医科研、提供先に
10/15朝刊社会面(39面)
患者出血「なぜ知らせぬ」 協力の病院、困惑 東大医科研のワクチン臨床試験
10/16朝刊社説(3面)
東大医科研 研究者の良心が問われる
しかしながら10/23以降、朝日新聞社は「薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点から問題があることを、医科研病院の事例を通じて指摘したものです」と大きく論点をすり替えています。
「臨床試験の問題点」「被験者保護」を議論するのは大いに結構です。
が、今回の医科研病院の患者さんで消化管出血が生じたことを他の施設に伝えなかったとする事例を、わざわざ1面・社会面・社説に持ち出し臨床試験の制度論を論じることが適切でしょうか。しかも、後ほど再度述べるように、記事には医学的誤り・事実誤認が多数含まれており、そのことに対する多くの抗議を受けているにもかかわらず、論点をすり替えた今回の記事が出てきたことに呆れます。
【2】「被験者保護」ではなく「患者重視」を
さて、論を転じた今回の記事で朝日新聞は、「臨床試験には被験者保護の観点から問題がある」ことを強調しています。私たちも同感であり、大いに議論していただければよいと思います。
ただし、肝心の記事の中身が全くいただけません。朝日新聞は今回、法律や国の規制などによる「お上頼み」の「臨床研究の国家統制」を提唱しています。
しかしながら、「被験者」ではなく「患者さん」を診療している我々臨床医から見て、この考え方は言語道断です。朝日新聞記事の提唱する臨床試験の国家統制・厚生労働省の保証では、かえって患者さんを苦しめるだけだということは確信を持って言えます。
新たな治療法や治療薬の開発は、多くのがん患者さんにとって大きな願いです。
誤った報道を朝日新聞が繰り返すことで、がん臨床研究の停滞や、がん患者さんの不安の増大がさらに懸念される状況となっています。
この上、臨床試験の国家管理、原則論・原理主義を貫いた場合、日本の臨床研究はすべて停止します。朝日新聞の教条主義は、激烈な国際競争に晒されている日本のがんペプチドワクチンの臨床研究を不当に貶め、将来に取り返しのつかない禍根を残すものです。
もちろん副作用情報の共有は極めて重要です。では、副作用情報を政府に報告すれば済むのでしょうか。それによって報告する製薬企業と報告される国は免責されます。しかし現実問題として我々、現場の医師には、厚労省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)の有害事象データベースなど、ほとんど役に立っていません。医学誌を読んだり、日常的に研究会や学会に参加することで、最新の情報を入手しようと努力しています。また、皮肉なことに、我が国は政府に報告すれば、かえって情報が公開されないことがあります。薬害肝炎、エイズなど、具体例は枚挙に暇がありません。
さらに、因果関係を否定できない副作用情報すべてを、患者さんに伝えることが本当によいのでしょうか。すべての情報を伝えて、あとは自己責任と言えば、製薬企業と国は免責されます。しかし、患者さんはひどく不安にさらされます。我々医師は、患者にとって必要な情報を提供し、自己判断をサポートしたいと考えています。
今回のがんペプチドワクチン投与後の消化管出血情報は、臨床研究者の専門医が自ら研究会を立ち上げ、情報を共有し、論文発表までして自律的に動いていました。
【3】記事捏造疑い、医学的誤りの抗議を黙殺
11/10のオピニオン記事は、外務有識者と大牟田記者の問答記事、大牟田記者の署名記事、報道に関する無署名記事の3つから構成されていますが、医学的誤り・事実誤認に基づいた議論を繰り返しています。10/15、10/16の記事に対する当会・その他の団体の抗議に対する真摯な回答は行われていません。
朝日新聞社の記事中では、論旨を構成する上で邪魔な、重要な事実については全て黙殺されています。以下に列挙致します。
・医科研病院の消化管出血は、膵頭部癌進行による門脈圧亢進に伴う食道静脈瘤からの出血であり、がんペプチドワクチンとの関連はなく膵癌の進行によるものと判断され、外部委員を含む治験審査委員会で審議され、問題なしと判断されていました。消化管出血がワクチン投与との因果関係が疑われる「副作用」であるかのような誤解を読者に与えることに朝日新聞は執着しています。
・消化器癌進行に伴う消化管出血は医学的常識であり、臨床研究を行う臨床医の間で周知であり、臨床試験実施の如何に関わらず、患者さん・ご家族にも説明されていること。進行した消化器癌に伴う、既知の合併症として通常説明される事象を、朝日新聞が「臨床試験のリスク」の「説明義務」ありと誤認しています。
・2008年2月に、他のがんペプチドワクチンを用いた臨床試験を実施している和歌山県立医大山上教授により、がんペプチドワクチン投与後の消化管出血が報告され、がんペプチドワクチンの臨床試験を行う臨床医の間で、情報が共有されていたこと(この消化管出血も、ワクチン投与とは関連なしとされましたが、念のために発表されたとのことです)。
・医科研病院の消化管出血は、2008年2月から遅れること8ヶ月、2008年10月であったこと。
・「患者出血『なぜ知らせぬ』 協力の病院、困惑」とされた関係者が存在しないこと。他機関関係者を全て含む研究団体であるCaptivation Networkの臨床医団体から、「『関係者』とされる人物は存在し得ない」との公式抗議が出され、記事捏造の可能性が高いこと。我々臨床医の視点からも、このコメントは非常に不自然、あり得ない内容であり、朝日新聞記者の捏造と考えます。
・記事では「東大医科研ヒトゲノム解析センターが『コラボレーター』と記載されています。これは『共同研究者』と翻訳する以外にないでしょう。医科研提供のペプチドなくして他施設で臨床試験はできないわけですから、常識的には共同研究施設です。付属病院での有害事象を医科研が他施設に伝えるのは試験物の提供者として当然ではないでしょうか。」としヒトゲノム解析センターと医科研病院を一体のものと誤認させる記載を無理矢理しているが、ヒトゲノム解析センターと医科研病院は全く別組織であること。そもそも、医科研病院と和歌山県立医大他施設のがんペプチドは全く別物であり、臨床研究としても全く別であることから、医科研病院と和歌山県立医大他施設は、共同研究者ではないこと(この点は、恣意的な解釈のもとに共同研究者と翻訳する以外にないことを記事中で認めています)。
・記事ではペプチドを複数組み合わせたり、抗がん剤と併用すると副作用がわからなくなるとしていますが、2009年9月に出された米国食品医薬品局(FDA)のがん治療用ワクチンガイダンスには、複数ペプチドの併用、抗癌剤との併用についての記載があること。
・記事ではがんの「ワクチン治療」はまだ確立しておらず、研究段階だとしていますが、米国食品医薬品局(FDA)は2009年5月に前立腺がんワクチン、Provengeを既に承認していること。以上、がんワクチンに関しては世界標準から逸脱した記事内容となっていること。
・記事では「臨床試験は法律に基づかない臨床研究に関する倫理指針で対応しているため、事実上、野放しの状態」としていますが、実際は、医師法という法律に基づき、臨床試験が行われていること。
・医学用語である「重篤な有害事象」を意図的に一般用語として悪用していること。医学用語では「重篤な有害事象」は、医薬品が投与された際に生じた、あらゆる好ましくない医療上の事象を指します。交通事故に遭っても「重篤な有害事象」となります。医科研病院の消化管出血は膵癌進行に伴う食道静脈瘤からの出血であり、外部委員を含めた治験審査委員会で審議され、問題なしとされ、自主臨床研究であったため審議終了となっていますが、朝日新聞は全く自主臨床研究とは関係のない、種類の異なるがんペプチドを用いた、実施計画も全く異なる臨床研究を行っている他の施設に、膵癌進行に伴う食道静脈瘤からの出血という「重篤な有害事象」を伝えなかったことを問題視しています。
・東京大学医科学研究所ヒトゲノムセンター長、中村祐輔教授ならびにオンコセラピー・サイエンス社は、全く無関係であるにもかかわらず記事に記載したこと。臨床試験のあり方、被験者保護を論じるために、何故本臨床試験と関係ない、2者を持ち出されたのか。
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