村田幸生先生の「スーパー名医」が医療を壊す(祥伝社新書)を読んでいる。これがべらぼうに面白い。本当に面白い本だと、書評が書けない。「とにかく、読んでください」としかいいようがない。
内容もともかく、文体が美しい。文体は内容と同様、あるいはそれ以上に重要だ。
ところで、本書の冒頭で紹介されているのは、「白い巨塔」である。
僕が「白い巨塔」を読んだのはたしか高校生の頃。大嫌いな小説である。その理由は、些細ではあるが、決定的なものである。
准主人公の里見脩二医師は、「正しいことを主張した」が故に「理不尽に」左遷される。その左遷された先が問題である。手元に本がないので遠い記憶を頼りにだけど、左遷された先は「山陰大学」であった。
山陰出身の僕にとって、これくらいむかつくことはない。村田先生の前掲書によると、「医龍2」でも登場人物がタイに「飛ばされていて」、村田先生は「タイの人に失礼だろ!」と突っこんでいるが、同感である。
「白い巨塔」は、典型的な「正義と悪の物語」である。正義は絶対正義、悪は絶対悪である。要するに、アメリカンな世界観である。薄っぺらな世界観である。そして当然、著者たる山崎豊子は「正義の側」に鎮座している。自身は正義の代弁者なのである。
しかし、その著者が「理不尽な仕打ち」として正義にして善人たる准主人公、里見医師を左遷させる。その先が山陰である。つまり、山陰とは理不尽な仕打ちの代名詞である。その差別性に気がつかない、正義の衣を身にまとった感性の低さが僕には許せないのだ。
単に「悪いけど、私は山陰って暗くて嫌い」というのならば納得する。人の感じ方は百人百様だからだ。「言ってくれるぜ、ちぇっ」とは思うが、それ以上なにも感じない。
でも、上から目線で、絶対善、絶対正義を装っておいて、絶対悪(と山崎の称するもの)を糾弾しておいて、その物語のコンテクストにおいて、他者を差別することは絶対に許されてはならない。それは、偽善だからだ。偽善こそが、僕が恨みに思う最大の悪徳なのである。
差別そのものがいけないのではない。誰もが何らかの差別意識を持っている。持っていない、という者は自身の差別性に気がついていないだけだ。僕らにできることは差別意識をゼロにすることではなく、その意識に自覚的であり、それを「恥ずかしく思う良心」にうまくコントロールさせることだけなのである。しかし、そのような意識を持たず、自分は正しい、というアメリカンな信念の元で行われる差別は、強烈に僕に嫌悪の感情を呼び起こす。
正義の衣をかぶった差別者くらい恐ろしい者はない。例を挙げればすぐ分かる。それはヒトラーである。それは真っ赤ーシー、いやマッカーシーである(偶然ではあるがすごい変換しちゃった)。ほらね、善人気取りで差別者になることが、いかに恐ろしいことか分かるでしょ。
僕は手塚治虫が大好きである。そこには勧善懲悪がない。悪と善は判然としない。科学と、人類の進歩を純粋に信じたドラマのように思える「鉄腕アトム」でも(主題歌は谷川俊太郎作詞です。こないだコンサートで思い出しました)、実は善たるロボット、アトムがそんなに善でもない人間たちに振り回されるかなり理不尽な物語である。医師なら(特に外科医なら)絶対一度は読むであろう「ブラック・ジャック」先生も、法外な手術費は要求する「絶対善」ではないドクターである。おまけに、手術が成功した患者がマフィアに撃ち殺されたりして、不条理きわまりない物語である。このドロドロ感ととっくみあって何とかやりくりしているのが、医療現場である。そんなドロドロの世界を真っ二つに善の世界と悪の世界に分断するなんて、大神ゼウスにだってできない難行なのである。ましてや、「外野の評論家」たる物書きがそんなことをやってはいけないのである(自覚的にパロディーとしてやるのでないかぎり)。そういう意味でも、村田先生の「スーパー名医」幻想が医療を壊す、という大意に賛意を表したいのである。
ところで、新臨床研修制度についての記載が本書にある。115ページ
「医療崩壊は新研修医制度のせい」とまで言われる理由は、おおむね次のように説明されている。
大学の各医局では、これまで毎年は行ってくる研修医を、病棟の点滴当番や処置、外来の手伝いその他多くのことで使っていた。ところがそういう研修医が来ないとなると、スタッフが自分の平常業務に加えてそういう雑用を分担しなければならない。これでは仕事にならない。というわけで外の病院に送り出していた医者を大学に呼び戻しはじめた。市中病院にしてみれば、医者の少ない科であれば「ひきあげ」に等しい場合も起こりうる。その結果、医者が足りなくなり、その科が閉鎖になってしまう、というわけだ。
さて、雑用係たる研修医がいないから、周りから医者を引き上げているのである。xがなくなったのでyを充填するのである。なぜ、yでなければならないのか。と考えている。
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