注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、火曜日のお昼まで、5時間かけてレポート作成します。水曜日などに岩田がこれに講評を加えています。2019年2月11日よりこのルールに改めました。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、間違いもありますし、個別の患者には使えません。レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
感染症内科 BSLレポート
SSPPD術後の抗菌薬投与にはSSIの予防効果があるのか
今回の実習では十二指腸膵頭部癌の亜全胃温存膵頭十二指腸切除術(subtotal stomach-preserving pancreaticoduodenectomy : SSPPD)後に腹腔内膿瘍で発熱が生じた症例を担当した。発熱までに術後からの十分な時間経過があったため、術後にも抗菌薬の投与を行えば手術部位感染(surgical site infection : SSI)を防げたのではないかと疑問に思い、テーマとして設定した。
しかし、はじめに術式に絞って調べてみたが、具体的に術後の抗菌薬の使用について述べている文献を見つけることができなかった。そこで、まずは疾患に関わらず術後抗菌薬の予防効果について調査した。
Classenらの前向き研究1)によると、術前2時間に予防的抗菌薬を投与された1708人の患者のうち、10人(0.6%)が術後に創部感染に罹患した。また、手術開始から3時間以内に抗菌薬を投与された282人の患者のうち、4人(1.4%)が術後の創部感染症に罹患した(P = 0.12、術前投与群と比較した相対リスク2.4、95%信頼区間0.9〜7.9)。手術開始後3~24時間以内に抗菌薬を投与された488人の患者のうち、16人(3.3%)で創部感染が生じた(P <0.0001、相対リスク5.8、95%信頼区間2.6〜12.3)。最後に、抗菌薬を手術の2時間以上前に投与された369人の患者のうち、14人(3.8%)が創部感染していた(P <0.0001、相対リスク6.7、95%信頼区間、2.9〜14.7)。以上より、術前の抗菌薬投与が創部感染のリスクが最も低く、手術の2時間以上前に投与した群では創部感染が増加した。
では、現在の日本においてはどのように抗菌薬を投与しているのだろうか。日本化学療法学会と日本外科感染症学会による「術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン」では、SSIが比較的低率な術式では術前1回投与とし、術後24時間以内の投与を中心としている。2)しかし、抗菌薬の単回投与をSSIが比較的低率な術式に限定し、術後24時間以内の投与を投与方法の中心としている理由は明記されていなかった。よって、術前の単回投与と複数回投与はどちらがよいかについて調べることとする。
また、芳賀らの前向き無作為化試験4)では、長期投与を行ってもSSIの予防効果に差はないことを示している。この研究では、2007年2月から2010年11月の間に待機的胃癌手術を受けた患者360人のうち325人について、術前の単回投与群164人と、複数回投与群161人に無作為に分類し比較している。手順としては、麻酔導入時に1gのセファゾリンを静脈内投与し、手術開始後3時間で追加用量を投与した。そして術後に無作為に振り分けたのち、複数回投与群にのみ術後12時間ごとに5回の追加投与を行った。結果として、単回投与群の8.5%、複数回投与群の6.2%で創部感染が起こった。なお、この創部感染は全て表在性のものであった。また、臓器や体腔における感染は、単回投与群で6.7%、複数回投与群で3.7%であり、SSIの全体的な発生率は単回投与群で9.1%、複数回投与群で6.2%であった。2群間のSSIの発生率の差は-2.9%で、95%信頼区間は-5.9~0.0%であったが、95%両側信頼区間の下限が-8%を超えていたため、SSI発生率の観点から単回投与群は複数回投与群に対して非劣性という結果であった。
以上の調査から、術前の単回投与と術後も含めた複数回投与では、臨床効果は大きく変わらず、病院への滞在期間やコストの面から単回投与の方が効率よく効果を得ることができると言える。しかし、ガイドラインでは手術時間が長い場合、追加投与することを勧告している。またガイドラインの中で、SSIは術中における細菌による汚染が原因であり、手術終了後数時間適切な抗菌薬濃度が維持されれば術後の投与は必要がないとする報告が多いとしているにもかかわらず、単回投与(長時間手術では術中再投与)の適応をSSIが比較的低率な術式に限定して、術後24時間以内の投与を中心に勧告を行っている明確な理由は分からなかった。さらに、SSI高率のリスク因子がある症例についていくつかの術式で24時間以上の期間を設定していることについても根拠となる文献を見つけることができなかった。
よって、最初の命題である「SSPPD術後の抗菌薬の投与はSSIに予防効果があるのか」という問いに対しての答えは、「明らかな予防効果はなさそうであり、コストの点や耐性菌の発生防止の点から術前投与が推奨される」という形になる。しかし、あくまで手術部位に関わらず考えた結果の答えであるため、実際の症例で反映できるものではない。
参考文献
- Classen, D. C. , et al : The timing of prophylactic administration of antibiotics and the risk of surgical wound infection. N. Eng. J. Med. 326 : 281-286, 1992
- 「術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン」 公益社団法人日本化学療法学会/一般社団法人日本外科感染症学会 日本化学療法学会/日本外科感染症学会 術後感染予防抗菌薬適正使用に関するガイドライン作成委員会編
- Ventura Cerdá JM, Nomdedeu GJ, Alós AM, et al : Single preoperative dose of metronidazole plus gentamicin for antimicrobial prophylaxis in colorectal surgery. Med Clin. 129:121-126, 2007
- Haga N, et al : A prospective randomized study to assess the optimal duration of intravenous antimicrobial prophylaxis in elective gastric cancer surgery. Int Surg. 97(2):169–76, Jun, 2012
寸評;典型的な「言葉の定義」の問題です。術後、というからには術後の抗菌薬を吟味せねばなりません。
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