注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
BSL感染症内科レポート
「大動脈関連感染症において、周辺組織への大網充填は有用か」
大網には血管新生の促進・線維芽細胞の供給といった特性がある。また血流とリンパ管が豊富であるため、滲出液などの吸収に優れ、抗感染作用を持つとされている。加えて、大網を充填し死腔をなくすことは細菌の増殖防止に繋がるため、大網充填は創傷治癒と感染防御を狙って胸腹部の手術で用いられている1)。これは、大動脈瘤感染や人工血管感染などの症例においても同様である。しかし、ガイドラインではその有効性が厳密に示されているわけではない2)。そこで今回、大動脈関連感染症に対しての周辺組織への大網充填が、実際に有用であるか考察した。
2012年に山城らは、感染性大動脈瘤において大網充填を行った患者とそうでない患者を外来で追跡調査し、長期転帰を比較した後ろ向き研究を発表している3)。対象は感染性大動脈瘤の患者22例であり、このうち16例は大網充填術を受けたが、胃摘出の既往がある3例と、術後に病理検査で感染が明らかになった3例は受けなかった。結果、術後早期に多臓器不全などで死亡した5例では、大網充填群が2例、非充填群が3例であり、有意差はなかった。しかし追跡調査した残りの充填群13例、非充填群3例では、5年間非感染生存率はそれぞれ84.6%、33.3%であり、有意差を生じた。しかしこの研究は症例数が少ない上に、大網充填を受けなかった群にはもともと切迫破裂や手術の既往など全身状態に悪影響を及ぼす因子があり、それが生存率に影響を及ぼした可能性がある。
対照群を設定し比較した研究は上の1つしか見つけることができなかったが、成功症例の報告は多数なされている。2013年にShahらは、大動脈人工血管感染で大網充填を受けた患者11人について追跡調査した後ろ向き研究を発表している4)。平均経過観察期間は36カ月であり、11人のうち周術期に死亡した1人を除いては、患者は感染などの合併症なく生存し、良好な経過をたどった。
一方で、大動脈関連感染症ではないが、胸腔瘻や膿胸などの胸部手術において大網充填が失敗した症例について、2003年に倉橋らが発表している1)。手術を受けた19人のうち4人が、創の閉鎖不全や感染の悪化により再手術を必要とした。原因は、感染巣の残存や、大網の機械的絞扼・栄養動脈の損傷による虚血からくる大網の壊死であった。
大網充填は大動脈関連感染症における創傷治癒と感染抑制のため広く用いられ、多数の成功症例報告があるものの、長期的に追跡し、有用性について比較し研究した論文は少ない。大網充填は開腹を必要とする術式であり、侵襲が大きい。また感染部位の洗浄や縫合が不充分であった場合、感染の悪化や合併症を招き、かえって全身状態の悪化を招く危険性がある。大網充填はあくまで補助的手段であるため、それによって悪影響を及ぼすことがないよう感染部位の洗浄や縫合には細心の注意を払い、今後、他の部位の大網充填の症例と併せて、更なる臨床データを蓄積することが必要であると考えられる。
【参考文献】
1) 倉橋 康典, 大久保 憲一, 長 博之, 佐藤 寿彦, 五十部 潤, 上野 陽一郎
胸部手術における有茎性大網充填術 ―有用性および失敗例の検討―
The journal of the Japanese Association for Chest Surgery 18(4), 532-537, 2004-05-15
2)大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2006年改訂版)
3) Yamashiro S, Arakaki R, Kise Y, Inafuku H, Kuniyoshi Y.
Potential role of omental wrapping to prevent infection after treatment for infectious thoracic aortic aneurysms.
Eur J Cardiothorac Surg. 2013 Jun;43(6):1177-82.
4) Shah S1, Sinno S, Vandevender D, Schwartz J.
Management of thoracic aortic graft infections with the omental flap.
Ann Plast Surg. 2013 Jun;70(6):680-3.
寸評;良いタイトルです。まあ、難しいですよね。
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