本件を当事者と議論するのは嫌なのですが、SNSにコメントするだけで学会に言わないのはフェアではない、という意見もいただきました。ごもっともな話なので、以下のメールを学会にお送りしました。外科感染症学会理事長コメントに対する意見である。
http://www.gekakansen.jp/j_policy.html
神戸大学感染症内科の岩田健太郎と申します。
貴会のHPに公開されている理事長挨拶、およびリンクされている詳細な説明について意見します。
私は貴会の会員ではありませんので、学会が内部でどのような見解を持ち、どのように運営されてもそれを云々するつもりはありません。しかし、一般社団法人とはいえ、「日本医療の方向性と外科医療の現状と将来」について論じられている以上、高度な公益性を有しているのは間違いのないところでしょう。HPという様々な医療職、および患者・一般住民が閲覧できる場所で、専門家でもある理事長の言明は、よって高い社会的な責任を伴い、そこには学会員以外に対しても説明責任が発生します。よって、その声明が及ぼしかねない社会的影響のありそうな点を以下に指摘します。
まず、「明確なエビデンスがないために欧米では行われていない医療行為であっても、日本で保険収載されている治療は行うべき」とあります。であれば、それを正当化する「保険収載されている治療であれば治癒率を向上させる」という根拠を示すべきです。例えば、日本で保険収載されているシベレスタットは術後のARDSの治癒に寄与しないどころか、死亡率を高めるリスクまで(国内研究を含めた)メタ分析で指摘されています。
Iwata K, Doi A, Ohji G, Oka H, Oba Y, Takimoto K, et al. Effect of neutrophil elastase inhibitor (sivelestat sodium) in the treatment of acute lung injury (ALI) and acute respiratory distress syndrome (ARDS): a systematic review and meta-analysis. Intern Med. 2010;49(22):2423–32.
これをうけて日本のガイドラインでも「使用しないことを提案」という推奨が出ています。
http://www.jsicm.org/ARDSGL/ARDSGL2016.pdf
むろん、このような学知に反論する自由は学術界にはあるわけですが、であればなぜ反対なのか論拠を示し、それが患者の予後改善にどう寄与するのかを示すのが学会としての責務です。言いっぱなしで「べき」論を述べるだけでは政治的なステートメント以上のものにはなりません。
同じく、
「早く、確実にとは、例えばMRSA菌血症にはバンコマイシンを使わずに最新の抗MRSA薬(DAPまたはLZD)を使うことです」
とありますが、これも根拠が不明で当惑させられます。DAPやLZDが「最新の」薬とはもはや呼べないという些細な話はさておき、国内のガイドラインですら言及していない「バンコマイシンは使わず」という明確な治療方針の言明を学会理事長が軽々しく口にしてよいのでしょうか。もしするのであれば、それこそかなりの確度のある論拠を示す、もちろん、各製薬企業との利益相反も併せて示すというのが社会的な責務の高い学会理事長のあるべき態度と言えないでしょうか。
http://www.kansensho.or.jp/guidelines/pdf/guideline_mrsa_2017revised-edition.pdf
「日本では、もともとMRSAもC.difficileも少なかった」
これはどの国との比較(例えばオランダ)をしているのか、また日本でCDに対する感度の高い検査をいつからやるようになったか、などによりやはり異論噴出の議論でしょう。言いっぱなしにするのではなく、根拠となるデータを示し、議論のLimitationsも含めた上で、この領域の知識背景があまりない読み手に誤解や混乱を与えない形でのステートメントを求めたいです。これは、
「日本では2005年ごろまではC.difficile腸炎はほとんど発症していませんでしたが、欧米の抗菌薬療法を取り入れ、PK-PD理論に基づいた高容量投与が行われだしてからC.difficile腸炎が発症したと考えられます」
についても同様で、前述の検査バイアスを完全に無視し、さらにはPKPDも無視した暴論になっています。およそ学術的とは言えません。
「外科の経験がなくて外科医療の現状をご存じない感染症科医や一部の集中治療医、感染制御部のスタッフから“日本の外科医はエビデンスがない経験的な医療ばかりやっている”、“ドレーンを入れすぎる”、“経鼻胃管の留置が多い”、“抗菌薬の使用が適正でない”などのご指摘を受けています。 外科以外の診療科の先生方や様々な職種の方に日本と欧米の手術そのものの違いや、欧米に比べて手術関連死亡率が1/10~1/5であり、その理由として日本の外科医は最後まであきらめずに治療してきたこと、また、国の保険制度がそれを許容したこと、すなわち欧米のようなエビデンスがある治療だけでは不十分であることを説明するのは非常に忍耐と労力を要することです。ただでさえ忙しい外科医にとって大きな負担と精神的な苦痛になっていることもあるかと考えます。また、外科志望の初期研修医に誤った外科医の印象を与えて外科医への道を諦める一因になることもあろうかと思います」
このあたりの(このあとも続く文章でも)非外科医に対するルサンチマンのようにも見える言及には、首肯できる部分はあるかとも思います。が、あまりに一方的な物言いのようにも思います。
例えば、もしこの理屈が正しいのであれば、海外で感染症診療や対策をアウトソーシングしている外科医たちはそれが「大きな負担と精神的苦痛」になっているのでしょうか。むしろ、好きな手術に邁進し、他の問題を他職種とシェアすることで仕事が楽になっている側面はないでしょうか。少なくとも私が勤務する診療環境では感染制御、感染治療、化学療法、集中治療/人工呼吸管理、栄養、疼痛、そして入退院などを他職種で連携することで、外科医の先生方が少しでも楽になるよう尽力してきましたし、それ故院内コンサルトなどのニーズも高まってまいりました。院内でのコンサルト数が一番多いのは外科医の先生からなのです。
確かに一方的に「ああしろ、こうしろ」と上から目線で「指南」するタイプの感染症医が存在するのは事実ですし、それがトラブルの遠因にもなりかねないのは事実と思いますが、逆にコミュニケーションを深め、やり方を改めて改善を続けていくことでこういう障壁は乗り越えられる事例も少なくありません。
「“MRSA腸炎はない”とされており」
も単純な誤解、あるいは誤謬です。一般的に概念の非存在は証明しがたいものですから、「ない」とするのは難しいはずです。私達のやったシステマティック・レビューもMRSA腸炎の非存在を主張するものではありません。結語をお読みいただければ、それははっきりしています。
CONCLUSIONS:
AAE caused by MRSA-although likely to be rarer than previous Japanese literatures have suggested-most likely does exist.
Iwata K, Doi A, Fukuchi T, Ohji G, Shirota Y, Sakai T, et al. A systematic review for pursuing the presence of antibiotic associated enterocolitis caused by methicillin resistant Staphylococcus aureus. BMC Infect Dis. 2014 May;14:247.
「例えばPMXの海外の比較試験では外科的処置によって敗血症が治癒できない腹腔内感染の症例が対象となっています。つまりsource controlが不成功の状況でPMXの有効性を比較しています。Source controlができなければ最後には死亡しますので、差が出るわけはありません」
とありますが、現実にメタ分析を見ると、PMX群も非PMX群も相当数の患者が生存していますから、「最後には死亡します」という見解が当たりませんし、そもそもメタ分析には日本のデータも含まれています。「エビデンスがすべて」と主張するつもりはありませんが、存在するデータを無視したり曲解するのは妥当ではありません。
Fujii T, Ganeko R, Kataoka Y, Furukawa TA, Featherstone R, Doi K, et al. Polymyxin B-immobilized hemoperfusion and mortality in critically ill adult patients with sepsis/septic shock: a systematic review with meta-analysis and trial sequential analysis. Intensive Care Med. 2018;44(2):167–78.
「本学会はあくまでも外科医目線の、外科医のための感染対策を主導すべきで、そのためには遠隔感染のサーベイランスも整備すべきと考えます」
ここも同意できません。もちろん、サーベイランスは手段であり、目的ではありません。感染対策の基盤となるデータがなければ対策がうまくいったか、いかなかったかを判定できず、国際比較もできないからです。「外科医目線」にいたっては全く意味不明です。
その他、細かい指摘事項はまだありますが、当方の主意はお汲み取りいただいたものと思います。日本発のエビデンスを創出し、発信するのは誠に結構なことですし、外科医の先生方が日本の感染を減らし、感染治療成功をよりもたらしていただくというゴールにも全く異存はございません。で、あるならば私からささやかな提案を申し上げますが、もう少し他職種の言葉に耳をお傾けになっていただきたく存じます。「MRSA腸炎はない」コメントにも代表されるように、あまりにも周辺の言説の単純化、歪曲が激しく、相互理解を妨げています。
私の申立は以上です。学会として、ご対応いただければ幸いに存じます。
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