注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
進行性多巣性白質脳症に対してメフロキン療法は有効であるか?
進行性多巣性白質脳症(PML)は脳に広く分布する多巣性脱髄疾患であり、AIDSや悪性血液疾患に対する治療による免疫抑制状態の患者に起こる疾患である。この疾患を引き起こす原因ウイルスとしてJCウイルス(JCV)があり、免疫低下状態でJCVの再活性化が起こることで発症する1) 。現在PMLに対する特異的な治療法はないが、HIV患者のPMLの第一選択が抗レトロウイルス療法(ART)であり、非HIV患者のPMLに対しては免疫抑制を引き起こす薬剤の減量または中止が推奨されている1),2)。しかし免疫再構築が遅くなったり不可能であったりする場合は、JCVに対する抗ウイルス療法が必要となる。JCVに対する抗ウイルス薬についてのある研究報告では、in vitroにおいて、PMLに対して抗マラリア薬であるメフロキンが有効性を発揮したとされている3)。そこでメフロキンがPMLに対して有効であるか調べ、考察してみることにした。
DavidらはPMLに対するメフロキンが有用であるかどうか評価するためにオープンラベルのランダム化前向き臨床試験を行った。37人のPML患者を次の4つの群に分けられ、治療開始から4週目、8週目の脳脊髄液でのJCV DNA量が調べられた。
1)標準治療(SOC)だけを行った群(n=7)
2)SOC+ 4週目からメフロキンを投与した群(n=5)
3)SOC+ 8週目からメフロキンを投与した群(n=5)
4)SOC+ 始めからメフロキンを投与した群(n=20)
メフロキンとSOCによるJCV DNA量に有意差が見られず(4週目でp=0.2972)、この研究において有意差が出る可能性が低いと判断され中止となった4)。
Davidらの研究によるとメフロキンによるJCV DNA量の減少は見られず、抗JCV作用は認められなかった。しかしDavidらの研究よってメフロキンがPMLに効果がないと断言するのには、患者のサンプルサイズが小さい。また、近年、PMLに対するメフロキン、ミルタザピン、リスペリドンの組み合わせによる治療で良好な経過をした2症例の報告5)がある。メフロキンが効果を発揮するかしないかの違いは、人種差や患者の基礎疾患などの因子が関係している可能性がある。PMLに対するメフロキンの有効性が、人種や患者の基礎疾患の有無などによって変化するかどうか調べる研究や、より規模を大きくした研究がなされる必要があると思う。
参考文献
1)ハリソン内科学第5版.2017;p926
2)進行性多巣性白質脳症診療ガイドライン2017 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究班
3)Brickelmaier M et al. Identification and characterization of mefloquine efficacy against JC virus in vitro. Antimicrob Agents Chemother.2009 May;53(5):1840-9
4)David B.Clifford et al. A study of mefloquine treatment for progressive multifocal leukoencephalopathy: results and exploration of predictors of PML outcomes. J Neurovirol.2013 Aug;19(4):351-8.
5)Akagawa Y.et al. Two patients with progressive multifocal leukoencephalopathy with immune response
against JC virus showing good long-term outcome by combination therapy of mefloquine, mirtazapine, and risperidone. Rinsho Shinkeigaku.2018 May 25;58(5):324-331
寸評 興味深いレポートです。なぜ臨床医学の世界は基礎医学のそれより保守的で、また保守的であるべきか、という説明の一つでしょう。
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