注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
感染症内科レポート「MSSA菌血症をバンコマイシンで治療することに意義はあるか」
MRSAは全国で年間15,000件以上検出されており[1]、院内感染症の主要な原因菌の一つである。MRSAに対する最も主要な抗菌薬がバンコマイシン(VCM)であり、所謂「特効薬」のように扱われてきた。しかし1997年にVCM感受性が低下したMRSAが日本で報告された[2]のに続き、2002年には米国でVCM耐性のMRSA
(VRSA)が報告された[3]。2018年6月3日時点で日本におけるVRSAの報告は無い[4,5]ものの、VCM乱用が耐性菌を生み出し得ることは想像に難くない。では、MRSAでないS.aureus(MSSA;Methicillin-susceptible S.aureus)に対してVCMを用いて治療することは「乱用」にあたるのだろうか?これを解決するため、MSSA菌血症をあえてVCMで治療することの意義について調べ、考察することとした。
今回のレポートでは「意義がある」を以下のように定義する;治療効果(死亡率、入院期間、再発率の3点)を他の抗菌薬と比較し、VCMが有意に優れていれば「意義がある」、有意に劣っていれば「意義がない」とする。有意差が無い場合は、副作用と薬価に関する比較・考察を追加して結論を出すこととする。
現在使用可能なすべての抗菌薬とVCMの治療効果を比較検討することは非現実的である爲、PubMedで
”vancomycin + MSSA bacteremia”もしくは”vancomycin + MSSA bloodstream infections”と検索して表示された論文から、VCMと他の抗菌薬の治療効果を比較した論文のみを抽出した。その中でempiric治療に限定した研究は除外したところ、8論文が対象となった。さらにこのうち3論文は対象を小児や透析患者に限定していたため、除外した。残った5論文から読み取れる内容を以下に示す。
研究方法 |
年 |
比較抗菌薬 |
n |
補正 |
死亡(日数) |
再発(日数) |
||
前向きコホート |
2003 |
nafcillin |
88 |
有 |
- |
▲(180) *1 |
[6] |
|
後向きコホート |
2008 |
beta-lactam |
294 |
有 |
▲(14/30) |
△(84) |
[7] |
|
症例対照研究 |
81 |
有 |
▲(30) |
△(84) |
||||
後向きコホート |
2011 |
nafcillin or cefazolin |
267 |
無 |
▲(30) |
- |
[8] |
|
後向きコホート |
2015 |
beta-lactam *2 |
5633 |
有 |
▲(30) |
- |
[9] |
|
後向きコホート |
2018 |
nafcillin or cefazolin |
296 |
有 |
▲(30/90) |
▲(90) |
[10] |
*1「再燃and/or 7日以上持続する菌血症」*2 nafcillin, cefazolin, ceftriaxone etc. 補正:多変量解析等で他条件を補正しているか
死亡/再発:( )内の日数以内の死亡/再発 ◎:VCMが有意に優れる △:有意差なし ▲:VCMが有意に劣る -:調査なし
今回抽出した全ての論文に於いて、MSSA菌血症の治療にVCMを用いると治療成績が劣るという結果が示されていた。一例を取り上げると、[8]の研究ではナフシリンまたはセファゾリンを用いた群はVCMを用いた群に比べ30日以内の死亡率が有意に低かった(2.6% vs 20.2%、p=0.03、HR=0.10 , 95%CI:0.01-0.76)。また[9]の研究でも、重症度や年齢、透析の有無、合併症などの要素を補正した結果、βラクタム系抗菌薬を用いた群ではVCMを用いた群に比べ30日以内の死亡率が有意に低かった(HR=0.65 , 95%CI:0.52-0.80)。
当初設定した治療効果の指標のうち、「入院期間」に関する比較を行った論文は見つけることができなかったが、上記の結果を総合的に考えれば「MSSA菌血症に対してVCMを使用すると治療成績が有意に劣る」と言えるのではないかと考える。
以上のことから、MSSA菌血症をVCMで治療することに意義はないと結論付ける。
参考資料
[1] 感染症発生動向調査年別報告数一覧(定点把握)-2016- [Internet]. 国立感染症研究所. [cited 2018 Jun 13]. Available from: https://www.niid.go.jp/niid/ja/survei/2085-idwr/ydata/7314-report-jb2016.html
[2] Hiramatsu K et al. Methicillin-resistant Staphylococcus aureus clinical strain with reduced vancomycin susceptibility. J Antimicrob Chemother. 1997 Jul; 40(1):135–6.
[3] Centers for Disease Control and Prevention. Staphylococcus aureus Resistant to Vancomycin — United States, 2002. Morb Mortal Wkly Rep. 2002 Jun 5; 51(26):565.
[4] 感染症発生動向調査年別報告数一覧(全数把握 五類)-2016- [Internet]. 国立感染症研究所. [cited 2018 Jun 13]. Available from: https://www.niid.go.jp/niid/ja/survei/2085-idwr/ydata/7312-report-ja2016-30.html
[5] 速報データ [Internet]. [cited 2018 Jun 13]. Available from: https://www.niid.go.jp/niid/ja/data.html
[6] McDanel JS et al. Comparative effectiveness of beta-lactams versus vancomycin for treatment of methicillin-susceptible Staphylococcus aureus bloodstream infections among 122 hospitals. Clin Infect Dis Off Publ Infect Dis Soc Am. 2015 Aug; 61(3):361–7.
[7] Schweizer ML et al. Comparative effectiveness of nafcillin or cefazolin versus vancomycin in methicillin-susceptible Staphylococcus aureus bacteremia. BMC Infect Dis. 2011 Oct; 11:279.
[8] Kim S-H et al. Outcome of vancomycin treatment in patients with methicillin-susceptible Staphylococcus aureus bacteremia. Antimicrob Agents Chemother. 2008 Jan; 52(1):192–7.
[9] Stryjewski ME et al. Use of vancomycin or first-generation cephalosporins for the treatment of hemodialysis-dependent patients with methicillin-susceptible Staphylococcus aureus bacteremia. Clin Infect Dis Off Publ Infect Dis Soc Am. 2007 Jan; 44(2):190–6.
[10] Chang F-Y et al. Staphylococcus aureus bacteremia: recurrence and the impact of antibiotic treatment in a prospective multicenter study. Medicine (Baltimore). 2003 Sep; 82(5):333–9.
[11] McMullan BJ et al. Epidemiology and Mortality of Staphylococcus aureus Bacteremia in Australian and New Zealand Children. JAMA Pediatr. 2016 Oct; 170(10):979–86.
寸評:これは回りくどく、ややこしい議論ですが、大事なことは回りくどくややこしく論ずるべき、のお手本です。よかったです。
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