注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
2016年7月15日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
『人工弁置換術後の繰り返す感染性心内膜炎の予防にはどのようなものが有効か』
感染性心内膜炎(以降、IEとする)の予防は古くから臨床現場での目標とされてきた。人工弁に起こるIEは重症で治りにくく、その予防が患者の予後に影響すると考えたので、人工弁置換術後に繰り返すIEの予防法を調べた。
T.R.Velosoらが行った動物実験モデル(1)では、カテーテルの挿入により大動脈弁に無菌性疣贅を形成させたラットにビリダンス連鎖球菌と黄色ブドウ球菌を103、104、105、106CFUの菌量において1ml/1分でボーラス投与した群と0.0017 ml/minで10 時間にわたり持続投与した群での疣贅の感染率を比較した。結果は、菌のボーラス投与による菌血症と持続投与による菌血症では疣贅の感染率に有意な差はなかった(P>0.05)。人工弁は異物であるため非血栓性心内膜炎を起こしやすく、大動脈弁に無菌性疣贅を形成させたラットを用いたこの実験と近い状況にある。よって、人工弁置換術後のIEの形成は一過性の菌血症と持続性の菌血症の両方で起こる可能性が高いと考えられる。一過性の菌血症をおこすものとして歯科領域の処置などがあり、持続性の菌血症をおこすものとしては日常の食物の咀嚼や歯磨きがある(2)。2007年の米国心臓病学会(AHA)のガイドラインではIEにより重篤な合併症や死亡に至るリスクの高い患者(人工弁の存在、IEの既往、弁膜症を生じた移植心、先天性疾患)に対してのみ、歯科的処置や呼吸器系の処置、皮膚・筋肉骨組織の処置前の抗菌薬の予防投与を推奨している。しかし抗菌薬の予防投与に関しては、有効性は動物モデルを用いた実験研究に基づいておりヒトのIEの病態生理に匹敵しないことや抗菌薬は最も感染する可能性のある細菌に対して選択される必要があること、費用の問題、耐性菌の発生や有害事象のリスクがあることからいまだその有効性は議論されており2008年の英国国立医療技術評価機構(NICE)のガイドラインではいかなる場合も抗菌薬の予防投与は認められていない。
また、2015年のAHAのガイドラインによるとIEの治療終了後のフォローアップとして合併症の中でもとくにIEの再発に注意し、患者にIEの兆候が生じたらすぐに医師の診察を受けるように教育することと、日頃の歯科医による徹底した口腔内の評価により口腔衛生を保つことが推奨されている(3)。
また、アトピー性皮膚炎も菌血症のリスク因子である。アトピー性皮膚炎は皮膚バリア機能の低下に加え、黄色ブドウ球菌が皮膚上に異常に増殖しており掻破痕から皮膚内へ侵入しやすく菌血症となりIEを起こすリスクがある。本邦の848例のIEを調査した疫学研究では5例が基礎疾患としてアトピー性皮膚炎を有しており(4)稀ではあるが、コントロール不良のアトピー性皮膚炎にIEを合併したケーススタデイも報告されている。アトピー性皮膚炎の治療を行い皮膚のバリア機能を正常に保つこともIEの予防につながるのではないかと考えられる。
上記のことから、人工弁置換術後の繰り返す感染性心内膜炎の予防として歯科的処置などの手技や手術における抗菌薬の予防投与はあるものの臨床研究での有効性は示されておらず、定期的な歯科管理により口腔衛生を保つことの方が重要だと思われる。また、菌血症のリスク因子としてアトピー性皮膚炎を有する場合にはその治療も重要であると推定できる。
<参考文献>
1. T. R. Veloso, M. Amiguet, V. Rousson, M. Giddey, J. Vouillamoz, P. Moreillon, J. M. Entenza, & J. N. Weiser, Editor. Induction of experimental endocarditis by continuous low-grade bacteremia mimicking spontaneous bacteremia in humans. 2011. Infect. Immun. May 2011 vol. 79 no. 5 2006-2011
2. Forner L, Larsen T, Kilian M, Holmstrup P. Incidence of bacteremia after chewing, tooth brushing and scaling in individuals with periodontal inflammation. 2006. J. Clin. Periodontol. 33:401–407.
3. Infective Endocarditis in Adults: Diagnosis, Antimicrobial Therapy, and Management of Complications A Scientific Statement for Healthcare Professionals From the American Heart Association. 2015
4. Nakatani S, Mitsutake K, Hozumi T, Yoshikawa J, Akiyama M, Yoshida K, et al.:Current characteristics of infective endocarditis in Japan―an analysis of 848 cases in 2000 and 2001―. Circ J 2003;67:901―5.
寸評:端的にいうとこのレポートは失敗ですね。動物実験のデータがなぜ人に外挿できるのか。持続の菌の注入を咀嚼や歯磨きに転化できるのか、という議論が弱いです。あと、AHAとNICEでどうして見解が異なるのか、の議論も大事です。議論が異なるという事実そのものが、この問題が厄介だということを示唆しています。そういうメタ認知も大事ですね。
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