注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
頭頸部癌に対する皮弁形成術のSSI予防において術後抗菌薬長期投与は有効であるか
手術部位感染(SSI)は手術によって皮膚バリアが壊された創部に細菌が入り込む事でおこる感染症である。どの部位の手術でもSSIのリスクとなるが、頭頸部癌に対する顎骨切除、特に下顎再建を伴う手術はSSIのリスクが高い[1]とされている。そのため予防が重要となるが、「術後感染予防抗菌薬適正使用のためのガイドライン」では手術創が準清潔創である場合に術前1時間前から術後48時間までSSI予防のために抗菌薬(SBT/ABPC,CEZ+MNZ,βラクタムへのアレルギーがある場合はCLDM)を投与することが推奨されている。
今回、より長期の抗菌薬投与によって頭頸部癌の皮弁形成術後のSSI発症率を低下させることができるのか疑問に思い、調べた。
2003年William R.らは74人の皮弁形成術を行った頭頸部癌患者について術前術後のclindamycin投与期間を24時間と120時間のグループに分けSSIの発生を調べる無作為比較試験を行った[2]が、両者のSSI発生率に差は見られなかった。他にも1998年Bhathena HM.らは50人の患者に対して抗菌薬を術後に投与する際、cefoperazoneを24時間投与するグループとcefotaximeを120時間投与するグループに分け、同様に無作為比較試験を行った[3]が、こちらも差はほとんど見られなかった。
また、予防的抗菌薬の長期投与に関する有害事象についても研究されている。例えば、357人の患者について術後抗菌薬の投与期間とC.difficile毒素陽性率を調べた研究[4]では、投与期間が24時間以上であった患者のC.difficile毒素陽性率は24時間以内のグループと比較して高値であった(OR,5.1; CI,1.1 to 23.63)。他にも有害事象として、対象が心臓血管外科手術後の患者のみの研究であるが耐性菌の出現についての研究も報告されている。2641人の患者に対し術後の抗菌薬投与期間を48時間以下とそれ以上で分けSSIの発症率と耐性菌の出現率をそれぞれ調べた研究[5]では、SSI発症率は投与期間に寄与するとは言いがたい(adjustedOR,1.2;CI,0.8to1.6)が、耐性菌出現率は48時間以上のグループで有意に増加していた(adjusted OR,1.6; CI,1.1 to 2.6)。
以上の結果から皮弁形成術後の抗菌薬投与期間の延長はSSIの予防に寄与しないと考えられ、さらに術後長期の抗菌薬投与はC.difficile感染症や耐性菌による術後感染のリスクを上昇させるため、術後投与期間は短期の方が良いと考えられる。ただし、頭頸部癌患者に絞った研究はサンプルが少なく統計学的に有意であるとは言えない事に加えて、短い術後投与期間の比較試験、例えば術後24時間投与と術後48時間投与を比較した大きな試験などもされていないため現時点で適正な投与期間については不明である。適正な投与期間を検討するためにも今後の大規模な研究が期待される。
参考文献
[1]Kamizono K, Sakuraba M, Nagamatsu S, Miyamoto S, Hayashi R. Statistical analysis of surgical site infection after head and neck reconstructive surgery. Ann Surg Oncol. 2014 May;21(5):1700–5.
[2]Carroll WR, Rosenstiel D, Fix JR, de la Torre J, Solomon JS, Brodish B, et al. Three-dose vs extended-course clindamycin prophylaxis for free-flap reconstruction of the head and neck. Arch Otolaryngol Head Neck Surg. 2003 Jul;129(7):771–4.
[3]Bhathena HM, Kavarana NM. Prophylactic antibiotics administration head and neck cancer surgery with major flap reconstruction: 1-day cefoperazone versus 5-day cefotaxime. Acta Chir Plast. 1998;40(2):36–40.
[4]Kreisel D, Savel TG, Silver AL, Cunningham JD. Surgical antibiotic prophylaxis and Clostridium difficile toxin positivity. Arch Surg. 1995 Sep;130(9):989–93.
[5]Harbarth S, Samore MH, Lichtenberg D, Carmeli Y. Prolonged antibiotic prophylaxis after cardiovascular surgery and its effect on surgical site infections and antimicrobial resistance. Circulation. 2000 Jun 27;101(25):2916–21.
[6]術後感染予防抗菌薬適正使用のためのガイドライン 2016 日本化学療法学会/日本外科感染症学会 術後感染予防抗菌薬適正使用に関するガイドライン作成委員会編
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