注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
感染症内科BSLレポート
「VCMによる有害事象が起きた患者の抗菌薬治療を、TEICへ切り替えることの忍容性はあるのか?」
グリコペプチド系抗菌薬のバンコマイシン (VCM) はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA) を含め多くのグラム陽性菌に有効であるとされているが、同時に多くの副作用がある事も知られている。VCMによる副作用のうち有名なものとしては上半身や頚部の紅潮が特徴的なレッドマン症候群や腎毒性があるが、他に薬剤熱、薬疹、好中球減少などが出現し、この好中球減少は時に致死的となるため、臨床上問題となることが多い。また、同じグリコペプチド系の抗菌薬としてテイコプラニン (TEIC) があるが、こちらはVCMと同等の治療効果がありながらVCMより深刻な副作用が少ないとの報告がある。(1)
しかしVCMによる副作用が生じた患者にTEICを代替薬として用いることについては議論が多いとされている。つまりVCMにて副作用を生じた患者の抗菌薬投与を、より副作用が少ないとされるTEICへ変更した場合についての臨床的な知見は未だ十分ではない。
そこで、VCMによる副作用発現後に、代替薬としてTEICの投与が臨床的に可能であるかどうかを調べた。Hung YPらによって台湾国立成功大学附属病院での2002年から2007年までの期間における18歳以上の入院患者診療録を用いた後向き研究が行われた。この研究ではMRSAを含めた様々な感染症で入院中の患者で最初にVCMにて治療され、治療中にVCMによる薬剤熱または、薬疹、好中球減少をきたしてTEICによる治療へと切り替えた症例について調査された。VCM治療中に薬剤熱、薬疹、好中球減少をきたしてTEIC治療に切り替えた患者の総数は170人であり、TEIC治療に切り替えた後にTEICによる薬剤熱または薬疹、好中球減少をきたした患者は170人中12人のみであった (7%)。つまり、全体で見るとVCM治療後にTEIC治療でも副作用を生じた患者の割合は7%と交差反応性はあまり高くない。しかし、VCMによる好中球減少を発症した8人の患者に限定すると、50%にあたる4人がTEICによる好中球減少も引き起こしたことも判明しており、好中球減少の副作用ではかなり交差反応性が高い。
ただし、この研究にはいくつか問題がある。その一つは薬剤熱、薬疹、好中球減少が起きた患者のみを対象とした考察で、アナフィラキシーやレッドマン症候群といった重症のVCMによる副作用を来した患者へのTEIC投与の安全性については確認されていないこと。2つ目にVCMによる副作用発現後にTEIC治療に切り替えた患者のみを対象としたため、標本数が少ないこと。3つ目にこの研究は後向き研究であり、VCMによる副作用発現後にVCMの投与を中止した群や、副作用発現後にTEIC以外の治療を行った群との比較は考察されていないため、VCMによる有害事象の既往がある患者にTEICを用いる積極的な根拠にはならないと考えた。(2)
これらの結果より、VCM投与でアナフィラキシーやレッドマン症候群、好中球減少が起きたのでなければ、副作用に注意しながらVCMによる有害事象が起きた患者の治療をTEICに切り替えることは忍容性がある可能性がある。しかし、実臨床ではこの研究による結果を考慮に入れながら、まずはTEIC以外の代替薬を検討しなければならない。
1) Diogo D G Bugano, Alexandre B Cavalcanti, Anderson R Goncalves, et al. Cochrane meta-analysis: teicoplanin versus vancomycin for proven or suspected infection. Einsteinvol.9 no.3 July/Sept. 2011
2) Hung YP, Lee NY, Chang CM, et al. Tolerability of teicoplanin in 117 hospitalized adults with previous vancomycin-induced fever, rash, or neutropenia: a retrospective chart review. ClinTher 2009; 31: 1977.
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