注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
レッドマン症候群はどのようにバンコマイシンを静注すればその発症頻度を減らせるのか
現在、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の治療薬としてバンコマイシン(以下VCM)が選択されているが、VCMの有害事象の一つとしてレッドマン症候群(以下RMS)がある。RMSとは、VCMを静注した際にヒスタミンが遊離することで、顔面、首、上半身に掻痒感を伴う紅斑や皮疹が出現するものである。時々血圧低下が見られ、胸痛や筋肉の痙攣が起こることもある(1)。今回は、RMSはどのようにVCMを静注すればその発症頻度を減らせるのかを考察した。
Ron E. Polkらは11名のボランティアに対して、濃度5mg/ml のVCMを1時間当たり100ml静注した場合と200ml静注した場合のRMSの発症と血中ヒスタミン濃度に関する前向き比較試験を行った。本試験において、前者ではRMSを発症した人がいなかったのに対して、後者では9名がRMSを発症した(p=0.002)。また、ヒスタミンのベースラインAUC(血中濃度-時間曲線下面積)とVCM静注時AUCの差を比較すると、後者(4.77±4.21vs17.26±14.20ng・min/ml、p<0.05)の方が前者(3.23±3.03vs5.89±4.89ng・min/ml、p<0.05)よりも大きく開大していた(2)。
Daniel P. Healyらは健康な成人男性のボランティア10名に対して、濃度5mg/ml のVCM 200mlを1時間で静注した場合と2時間で静注した場合のRMSの頻度と血中ヒスタミン濃度に関する前向き比較試験を行った。本試験において、RMSの症状は前者で8名、後者で3名にみられた(p<0.05)(3)。また、前者と後者を比較したところ、ヒスタミンのベースラインAUCには有意差は見られなかった(1.8±0.7vs1.0±0.3ng・min/ml、p=0.5)が、ヒスタミンのVCM静注時AUCには有意差が見られた(74.3±54.1vs36.4±22.6ng・min/ml、p<0.05)
1つ目の研究ではVCMの投与量がより多い場合に、2つ目の研究ではVCMをより短時間に静注した場合に血中ヒスタミン濃度が上昇し、RMS発症例も有意に多かった。このことから、RMSの発症頻度を減らすためには血中ヒスタミン濃度の上昇を抑える必要性があり、そのためにはVCMの投与量を減らすか点滴時間を長くすればよいと考えられる。現在、RMS発症を回避するためにVCM1gでは点滴時間は1時間を超える必要があるとガイドラインで記載されている(4)が、2つの研究においてRMSの発症例が多かった群は、ともにVCM1gを1時間で静注している群であったため、現在のガイドラインを用いてもRMSの発症を完全に回避できるとは言えない。RMSの発症頻度を減らすために、具体的にVCMの投与量をどの程度減らして、点滴時間をどの程度伸ばせばよいのかについて両研究で言及されておらず、また、両研究は小規模であるため、RMSの発症の基準となるようなVCMの具体的な投与量及び点滴時間を明確なものにするためには、今後の更なる大規模な研究が望まれる。
(引用文献)
(1)Wallace MR, Mascola JR, Oldfield EC 3rd. Red man syndrome: incidence, etiology, and prophylaxis. J Infect Dis. 1991 Dec;164(6):1180-5.
(2)Polk RE, Healy DP, Schwartz LB, Rock DT, Garson ML, Roller K. Vancomycin and the red-man syndrome: pharmacodynamics of histamine release. J Infect Dis. 1988 Mar;157(3):502-7.
(3)Healy DP, Sahai JV, Fuller SH, Polk RE. Vancomycin-induced histamine release and "red man syndrome": comparison of 1- and 2-hour infusions. Antimicrob Agents Chemother. 1990 Apr;34(4):550-4.
(4)抗菌薬TDMガイドライン Executive summary p14
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