注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
BSL感染症内科レポート【大網充填術のエビデンス】
大網は血流やリンパ流に富む組織である。そのため、血管新生作用や感染防御作用に優れているのではないかと考えられ、開心術後の縦隔炎にもその大網を用いた治療がしばしば行われており、人工血管置換後にグラフト感染を起こした症例においても大網充填術の施行が検討されることがある。抗生物質の投与など十分な保存的加療により完全に炎症反応が陰性化してからの手術が望ましいとされるが、抗生物質の投与に加え、洗浄・ドレナージのみでは感染制御を十分に行うことのできない症例などでも、感染部位の除去、交換、再建と共に大網充填術の施行を検討されることがある。今回その大網充填術に関してどのようなエビデンスがあるのかを調べた。
大網充填術に関しては多数の症例報告があり、そのうちの多くの症例で大網充填術を施行した後に感染を制御することができたと報告している。2003年のAyabeらの報告1)によると、慢性膿胸に対して開窓術後二期的に大網充填術を施行した4例中3例では術後感染を制御することができたが、1例では退院後1か月目に膿胸の再燃があった。2004年の倉橋らの報告2)によると、膿胸気管支瘻に対して開窓術後に二期的に大網充填術を施行した11例、チューブドレナージおよび必要に応じて洗浄後に大網充填術を施行した5例、活動感染下に大網充填術を施行した3例の計19例中15例で術後感染を制御することができたが、4例では感染を認め、開窓による治療が必要となった。2008年のInafukuらの報告3)によると、胸腹部大動脈瘤に対して人工血管置換後に大網充填術を行った4例中3例では術後感染を制御できた。1例は腸間膜虚血による麻痺性イレウスにより術後35日目で死亡したが、剖検においてグラフト周囲に滲出液を認めず、また菌体は検出されなかった。それらの報告では、合併症としてイレウスや腸穿孔などが報告されている。
また、感染性胸部大動脈瘤に対し、人工血管置換術を行った後、大網充填術を施行した16例と、胃切除の既往や術後に大動脈瘤が感染性であると判明して大網充填術が施行できなかった6例を後ろ向きに比較し、大網充填が術後のグラフト感染に対して有用であるかを検討したYamashiroらの論文4)によると、大網充填を行った症例と行わなかった症例において、手術死亡率はそれぞれ12.5%、50.0%であったが、これはP=0.06と有意差があるとは言えない結果となった。また長期生存率は68.8%、33.3%(P=0.13)であり、こちらも有意差を認めなかった。一方、5年無病生存率はそれぞれ84.6%、33.3%(P=0.025)と有意差を認めた。
大網充填術に関する研究はいずれもエビデンスレベル3以下の研究ばかりであり、かつ対象症例数も少なく、研究が十分であるとは言い難いというのが現状であった。大網に期待される血管新生作用や感染防御作用、大網の充填により感染の場となるデッドスペースを埋めることなどによる治療効果は期待できるかもしれないが、大網充填術を行うことによる侵襲や、手術に伴う合併症は決して無視することができない。多数の症例報告や術後感染を制御する効果がある可能性を示唆する論文は存在するものの、術後の感染制御に大網充填術が有用であるという明確なエビデンスは示されていない以上、洗浄・ドレナージや抗菌剤のみでは感染制御を十分に行うことのできない症例など、他に選択肢のない症例に対しては感染部位の除去と共に大網充填術を考慮する余地があるとは思うが、その他の症例に対して積極的に適応を広げるべきとは考えにくく、今後更なる研究や臨床データの蓄積が必要と考える。
【参考文献】
1) Ayabe T, Yoshioka M, Fukushima Y, et al. Study of surgical treatment with omental flap transposition for chronic empyema. Kyobu Geka 2003;56:989-96
2) 倉橋 康典,大久保憲一,長博之, 他:胸部手術における有茎性大網充填術.日呼外会誌 2004;18:532-7
3) Inafuku H, Senaha S, Morishima Y, et al. Infected thoracoabdominal aortic aneurysms including the major abdominal branches in 4 cases. Ann Thorac Cardiovasc Surg 2008;14:196-9
4) Yamashiro S, Arakaki R, Kise Y, et al. Potential role of omental wrapping to prevent infection after treatment for infectious thoracic aortic aneurysms. Eur J Cardiothorac Surg 2013;43:1177-82
5) 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン2011年改訂版(2010年度合同研究班報告)
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