新刊です。岡秀昭先生とその仲間が作ってくれました。今回はぼくはのんびり外野で眺めていた、、って感じです。序文を転載します。みなさん、お楽しみあれ。
監訳者序文
感染症診療と感染予防・コントロールは野球の攻撃と守備に似ている。
野球において、攻撃と守備は同じではない。異なるコンセプト、異なる戦術、異なる技術、異なるトレーニングが必要だ。ときに、両者は異なるプレイヤーによって行われることもある。
とはいえ、両者はまったく別物というわけでもない。守備を無視した攻撃はなく、その逆もありえない。守備の状態によって攻撃側の戦術は変化し、攻撃陣のパフォーマンスが守備のあり方を決定する。両者は相互依存的であり、どちらを欠いても、チームはうまくいかない。両者はつまるところ、同じチームのチームメイトである。両者の目指すところも、実は同じである。
よくある質問に、感染症診療を行う者が感染管理もやらなければならないのか、感染管理者が感染症診療にまで踏み込むべきなのか、というものがある。答えは、シンプルである。野球同様、医療機関における感染関係者の目指すところは結局同じである。加算をとるためではありませんよ。目指すは、病院がよくなり、患者が感染症で(できるだけ)苦しまないこと。診療とか防御とかは、その手段にすぎない。目的はもっと遠くて大きいところにある。
マンパワーが充実していれば、感染症診療チームと感染症コントロールのチームは別立てでも構わないだろう。比較的小規模な医療機関の場合、そのようなラグジャリーは望めないかもしれない。その場合は「エースで四番」的に攻撃も守備もこなさなければならないだろう。要は、良い病院と患者の安寧という大きな目標から逆算して、各自の「手段」が導き出される。それだけの話なのである。己のエゴをむき出しにし、「俺は診療面には興味が無い」とか「感染管理の方はやりたくない」というのは目的と手段を混乱させた、いささか困った態度なのである。攻撃の手を抜いても、守備をほったらかしにしても、野球チームは決して勝てないのである。
野球の攻撃・守備がそうであるように、感染症診療と感染予防・コントロールには異なるコンセプト、異なる戦術、異なる技術、異なるトレーニングが必要である。感染症診療のノウハウをそのまま援用しても、妥当な感染症予防とコントロールは覚束ない。
感染症診療における「バイブル」は「マンデル」(Mandell, Douglas, and Benett's Principles and Practice of Infectious Diseases)であろう。感染予防・コントロールにおけるそれは「メイホール」(Mayhall, Hospital Epidemiology and Infection Control)であろう。両者はプロに頻繁に使用されるが、大著であり、英語でもある。これとは別に手軽に使える「マニュアル」が欲しい。
感染症診療における鉄板の「マニュアル」はもちろん青木眞先生の「マニュアル」である(ミスターといえば「あの」ミスターを指すのと同様、この業界で「マニュアル」といえば、当然「あの」マニュアルです)。しかし、感染予防・コントロールにおいて、相当するものはなかったようにぼくには思える。実のところ、日本においては感染予防・コントロールのほうが実質的な歴史は長く、診療面は後回しにされてきた(とぼくは思う)。感染予防・コントロールについても、専門誌があり、ガイドラインがあり、多種多様な教科書がある。しかしながら、包括性と実践性を併せ持つ「青木マニュアル」的なものは、これまで欠落していたのではないだろうか。「俺の本がそうだ」というお叱りの声が聞こえそうですけど。
ぼくが思うところ、本書こそ予防・コントロール面の「青木マニュアル」に相当するものではないかと思う。これだけ広範な内容を扱っている本書がNizam Damani先生の単著であることも、まさに「守備サイドの青木マニュアル」と呼ばれるに相応しいのではないだろうか。ぼくはDamani先生とは直接の面識がないけれど、緑美しき北アイルランドで活躍されているDamani先生の簡潔にして格調高い文章は、シェイクスピアやマキャベリなど博覧強記な引用も加わって実に素晴らしい。その素晴らしさについてはDidier Pittet教授が「序文」にて詳細に解説しているからここでは繰り返さない。とにかく、このような名著を3版が出るまで知らなかった我が身の不明を恥じ入るばかりである。そして、このような素晴らしい著書を発掘し、日本語にして世に送り出してくれた岡秀昭先生とその仲間たち、そしてメディカル・サイエンス・インターナショナルの佐々木由紀子さんに感謝するばかりである。
2013年4月 岩田 健太郎
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