注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
ネコによる咬傷で注意する点
ネコに限らず咬傷は感染の可能性が高いので、生理食塩水で高圧洗浄し、原則として一次閉鎖は行わない。顔面のような血流が豊富な部分のみ一次閉鎖を行うこともある。*1
動物による咬傷の場合、破傷風に対する予防を考えなければならない。免疫不全患者、破傷風ワクチンを打ったことのない患者には、ヒト破傷風免疫グロブリン(HTIG)を投与する。最後のワクチンから5年以上経過しており抗体価の低下が予想される場合は、ブースターワクチンを投与する。*1
咬傷の感染症の主な起炎菌としては、Staphylococcus aureus、Streptococuss spp.、嫌気性菌、ネコ咬傷に特徴的なものとしてはBartonella henselae、Pasteurella multocida、Capnocytophaga carnimosusとC. cynodegmiがある。*2動物咬傷では、予 防的抗菌薬投与を積極的に行うべきと考えられている。ネコは歯が鋭く、イヌ咬傷よりも感染が重症化しやすい傾向にあり、また刺入部は小さく見えても骨や関 節まで達していることがあり骨髄炎や化膿性関節炎が後から見つかることがあるためである。その他に予防的抗菌薬投与を考慮する因子としては、咬傷発症後か ら24時間以上が経過していること、手の咬傷、穿孔傷、免疫障害の存在、高齢者、人工関節、リンパまたは静脈のうっ滞がある。予防的に抗菌薬を使用する場合は、3~5日間使用する。動物咬傷においてはS.aureus、Streptococcus、P. multocida、 Capnocytophagaをカバーするので、β-ラクタマーゼ阻害剤配合ペニシリンが、第一選択薬である。*3
感染が成立していれば、傷口からswabで培養を行い起炎菌を同定し、基本的に最低でも10日間は抗菌薬を使用する。骨や関節の感染があれば骨髄炎、化膿性関節炎に準じた治療を行う*1,3。
B. henselaeは多形性のグラム陰性桿菌で、ネコ引っかき病(CSD)の原因菌として知られている。ネコ、特に子ネコはB. henselaeによる無症候性菌血症を高率にもっており、ネコに噛まれる、引っ掻かれるなどで感染する。*4CSDは通常、受傷の2週間後前後に、皮膚の接種部位近くの単一で大きな熱感と痛みを伴うリンパ節腫張で発症する。約10%でリンパ節に化膿が見られる。非典型的な症状としては結膜炎、脳症、肝臓、脾臓の病変が含まれる。リンパ節腫張は通常3ヶ月以内に自然消退するので抗菌薬は基本的に不要であるが、HIV患者では細菌性血 管腫症や骨髄炎、菌血症、心内膜炎などのリスクが高いため、抗菌薬による治療を行う。リンパ節腫張の第一選択薬はアジスロマイシンで、重症例に対してはリ ファンピシンとの併用が行われる。一般臨床検査成績は正常範囲内であることが多く診断は典型的な臨床像と最近のネコとの接触の既往による。鑑別疾患として はリンパ腫、結核などがある。多くの場合、鑑別診断の除外にリンパ節生検もしくは吸引採取が必要であり、PCRによる解析が有用である。リンパ節からの細菌の培養が陽性になることはまれである。*5
P. multocida はグラム陰性の球桿菌であり、ネコの呼吸器及び消化管に存在し、口腔咽頭内の定着率は70-90%である。感染の 大部分が皮膚軟部組織におこり、ネコがその約3分の2の原因を占める。重度の基礎疾患をもつ患者は髄膜炎、骨髄炎、心内膜炎、敗血症性ショックなどの全身 症状のリスクが高いが、健常人にもみられることがある。治療はペニシリン、アンピシリン、アンピシリン/スルバクタム、第2,3世代のセファロスポリン系薬、テトラサイクリン系薬、フルオロキノロン系薬が有効である。*5
Capnocytophaga spp.は嫌気性グラム陰性球桿菌でネコの口腔に存在する。*1感染が成立した場合、症状として、発熱、悪寒、筋痛、嘔吐、下痢、呼吸困難、錯乱、頭痛、発疹、 多形滲出性紅斑、末梢性チアノーゼ、点状・斑状出血などがみられる。治療はP. multocidaと同様の抗菌薬を用いる。無脾症、ステロイド治療やアルコール依存症は劇症化因子であるが、劇症化した場合、約30%が敗血症とDICにより死亡し、また生存者でも壊疽により切断が必要になることもある。*5
上記のように、ネコによる咬傷は致命的となることがあるので、十分に注意すべきである。
出典
1. Mandell, G. (2010). Mandell, douglas and bennett's principles and practice of infectious diseases. (7th ed.). Churchill Livingstone.pp.2992,3913
2. INTENSIVIST 2010 vol.2 No.1 重症感染症 p.87メディカルサイエンスインターナショナル
3. 青木眞『レジデントのための感染症診療マニュアル 第2版』2008年医学書院pp.795-797
4. 青木眞『感染症診療スタンダードマニュアル 第2版』2011年羊土社 pp.334-335, 416-418
5. Long, D. (2011) Harrison’s Principles of Internal Medicine. (18th ed.) McGrow-Hill pp.1028, 1315-1316,1325
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