注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
わが国ではHIV感染者数が年々増加し、厚生労働省の発表によると2010年度における新規HIV感染者数は1000人を越える1)。HIV感染効率は経皮的暴露または粘膜暴露においてそれぞれ0.3%2), 0.09%3)であり肝炎ウイルスに比べて高いとは言えないが、院内感染の予防目的で複数の医療機関において、患者の承諾の下に外科手術前にルーチン検査としてHIV検査が実施されている。術前HIV検査は院内感染予防に対し、どのくらい意味があるのであろうか?
術前HIV検査が実施されるメリットとして、医療従事者が針刺し・切創によってHIV感染患者の血液や体液に暴露された場合、暴露後予防であるPEP (postexposure prophilaxis)を速やかに開始できることが挙げられる。PEPは4週間にわたる抗HIV薬併用療法と半年間にわたる数回の抗体検査から成り4)、抗HIV薬による感染成立の阻害効果は動物実験や臨床研究によって裏付けられている5)。明確なエビデンスはないもののPEPは暴露後速やかに開始されるほど有効であると考えられており、治療開始は1,2時間以内が望ましいとされる6)。従って、術前HIV検査は速やかなPEPの開始に寄与すると言える。その一方、術前HIV検査は院内感染予防に効率的でないとする考え方も存在する。HIV感染患者の手術では医療従事者の注意が強く喚起されるように思えるが、Gerberdingらによると、術前HIV検査の有無によらず術中に起こる針刺し・切創の発生率は不変であった7)。つまり、これらの医療事故は一定の頻度で発生し、術前HIV検査をしても術中における医療従事者のHIV感染リスクは減少しない。さらに重要なポイントとして、現在、迅速HIV検査キットにより数十分後にはHIV陽性判定が可能なため、暴露事故が発生してから迅速HIV検査を実施しても理論上は数時間以内にPEPの必要性を医療従事者側が判断できる。実際、米国では術前ではなく暴露後のHIV検査が推奨されているが、PEP開始までにかかる時間の中央値は1.8時間であり5)、推奨基準をクリアしている。これに加えて、迅速HIV検査は暴露事故が起きたケースの患者のみを実施対象に絞ることができるため、術前検査より経済面で優れている。
以上より、手術患者全員を対象とする術前HIV検査と暴露事故発生ケースのみを対象とする迅速HIV検査では、いずれも速やかなPEP開始が可能であるが、前者ではさらに検査のコストや手間が必要となる。従って、術前HIV検査は効率的に院内感染リスクを下げる方策ではないと考える。院内HIV感染リスクを下げるためには、術前検査よりもむしろ、医療従事者のスタンダードプリコーション遵守と、専門家へのコンサルテーションや暴露後予防治療のPEPを迅速かつ的確に受けられる院内の環境整備が重要であると考える。そして、これらはHIVのみならず肝炎ウイルスなど他の病原性微生物による院内感染から医療従事者や患者を守ることにつながる。
参考文献
1)厚生労働省統計要覧(平成23年度)第2編 保健衛生 第1章 保健
2) Am J Med. 1997 May 19;102(5B):9-15. Occupational risk of human immunodeficiency virus infection in healthcare workers: an overview.
3) CDC. Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to HBV, HCV, and HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis. MMWR 2001;50 (No.RR-11):1-52.
4) CDC. Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis. MMWR 2005;54 (No.RR-09):1-17.
5) Up to date: Management of healthcare personnel exposed to HIV (last updated: 7 18, 2012.)
6) New York State Department of Health. HIV prophylaxis following occupational exposure. New York (NY): New York State Department of Health; 2010 May. 59 p.
7) N Engl J Med. 1990 Jun 21;322(25):1788-93. Risk of exposure of surgical personnel to patients' blood during surgery at San Francisco General Hospital.
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